相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
改正法の運用は、なかなか大変!?遺産分割前に払い戻された預貯金の取り扱い
あけましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いいたします。
今年の年末年始は、9連休の方が多かったと思いますが、どのように過ごされたでしょうか。私は、結婚した長男と長女が、それぞれ相手を(長女は孫も)連れて遊びに来たので、「あー、我が家もお正月に親族が集まる実家になってしまった。月日は流れたなー。」と実感しました。
さて、今回も相続法の改正の中から、遺産分割前に払い戻された預貯金の取り扱いを取り上げてみたいと思います。
具体的なケースで考えてみましょう。
被相続人Aには、長男と二男の2人の息子がいます。Aが亡くなり、相続開始時に存在していた遺産は、甲銀行の預金3,000万円だけでしたが、長男は、Aの生前からAの預金を事実上管理しており、Aの死後に1,000万円を甲銀行の預金から引き出していました。遺産分割において、二男は、長男が引き出した1,000万円も遺産に含めるべきだと主張しています。この場合、長男と二男はそれぞれいくらの遺産を取得することになりますか。
このようなケースは、従来、次のように扱われていました。
まず、遺産分割とは、一般的に相続開始時に存在し、かつ、遺産分割時に存在する財産を分配する手続きであるとされています。
このケースでは、長男がAの死後に1,000万円を甲銀行の預金から引き出しており、この1,000万円は、遺産分割時に存在しませんので,遺産分割の対象となりません。
ただし、相続人全員がこの1,000万円を遺産分割の対象に含めることを合意した場合は、例外的に遺産分割の対象となるとするのが、裁判所の取り扱いでした。
従って、いくら二男が、長男が引き出した1,000万円も遺産に含めるべきだと主張しても、長男が承諾しない限り、この1,000万円は遺産分割の対象とはなりませんでした。
この場合、二男は、長男が引き出した1,000万円のうちの500万円について、地方裁判所に損害賠償請求訴訟あるいは不当利得返還請求訴訟を提起し、長男に対して支払いを求めるしかありません。
しかし、これでは、遺産分割前に預貯金を引き出した相続人は、他の相続人が損害賠償請求訴訟あるいは不当利得返還請求訴訟を提起して勝訴しない限り、引き出した預貯金を返さなくてもよいことになり、非常に不公平な結果となります。
訴訟を起こして勝訴するということは、その費用や手間を考えると、容易なことではありませんので、泣き寝入りをする相続人も出てくるでしょう。
そこで、このようなケースについて、今回の改正では、次のような条項が新設されました。
民法第906条の2 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人より同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
第1項ですが、「遺産に属する財産が処分された場合」とは、預貯金の引き出しだけでなく、投資信託の解約・払い戻しなど、遺産に属する財産の処分一般を意味します。
この第1項は、遺産分割前に処分され、遺産分割時に存在しない財産であっても、相続人全員が遺産分割の対象に含めることを合意した場合は、例外的に遺産分割の対象となるとする従来の実務の取り扱いを明文化したものです。
ですから、この第1項だけであれば、特に実務に影響はありません。
これに対して、第2項は重要です。
第2項によると、第1項の同意は、遺産分割前に遺産に属する財産を処分した相続人については不要であり、この相続人の同意がなくても、他の相続人が同意すれば、遺産分割時に存在しない財産であっても、相続人全員が遺産分割の対象に含めることができることになります。
先ほどのケースでは、長男が同意しなくても、二男の同意だけで長男が引き出した1,000万円を遺産分割の対象に含めることができることになります。
従来は、家庭裁判所は、長男が引き出した1,000万円については、長男が同意しない限り遺産に含めることはできないので、二男がどうしても遺産に含めて欲しいと言う場合には、遺産の範囲を確定できないので、調停を続けることが難しいというスタンスでした。
従って、この第2項は、かなり実務に影響を与える可能性があります。
ただ、遺産分割調停での実際の運用は、なかなか難しいところです。
第2項では、「共同相続人の一人又は数人より同項の財産が処分されたときは、」となっていますので、この点について争いがあると、第2項を簡単に適用することはできません。
先ほどのケースで、長男が「1,000万円を引き出していない。」と主張すると、二男は、長男が1,000万円を引き出したことについて、証拠に基づいて主張する必要があります。
二男の主張や立証がしっかりしたもので、調停委員や裁判官から見て、長男が1,000万円を引き出したことを容易に認定できるような場合には、調停委員から長男を説得してもらうことになります。長男が説得に応じて、1,000万円を遺産分割の対象に含めることに同意してくれれば、あとは遺産の分け方について調停を続けることになります。
これに対して、長男が、あくまで「1,000万円を引き出していない。」「1,000万円を遺産分割の対象に含めることに同意しない。」と言い張った場合には、二男は、調停での解決を諦め、遺産分割の審判に進むしかありません。
この場合、裁判所は、被相続人Aの死後にAの預貯金を1,000万円引き出したと認定した上で、上記の第2項の規定を適用して、長男が引き出した1,000万円を遺産分割の対象に含めて、遺産の分け方について判断することになります。
ただし、長男は、家庭裁判所の審判でAの死後にAの預貯金を1,000万円引き出したのは長男であると認定されても、この点について、地方裁判所に提訴して争うことができます。
もし、地方裁判所が、Aの死後にAの預貯金から1,000万円を引き出したのは長男ではないとする判決を下し、これが確定した場合には、上記の家庭裁判所の審判における認定は覆り、審判自体が無効となってしまいます。
この場合、遺産分割はやり直しとなってしまいます。
ちなみに、上記の民法第906条の2は、あくまで被相続人の死後、遺産分割前に引き出された預貯金に関するもので、被相続人の生前に、被相続人の預貯金から引き出されたお金には適用がありません。
生前に引き出された預貯金については、従前どおり、相続人全員が同意しない限り遺産分割の対象とすることはできず、地方裁判所に損害賠償請求訴訟あるいは不当利得返還請求訴訟を提起し、支払いを求めるしかありません。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。