

相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
遺産分割協議書が無効となる場合
遺産分割協議書に署名押印した後になって、その遺産分割協議は無効だから再度やり直したいというご相談を受けることが時々あります。
一旦成立した遺産分割協議も、次のような場合は無効となり、協議をやり直す必要があります。
(1)共同相続人の一部を除外して行われた遺産分割協議
亡父の妻とその子どもたちで遺産分割協議書を作成したが、後から、亡父に婚外子がいたことが判明したというような場合です。
(2)精神上の障害により判断能力のない相続人が加わって行われた遺産分割協議
本人に判断能力がなく、法律行為を適切に行うためには成年後見人を選任する必要があるのに、そのような手続をとらずに判断能力のない者との間で行われた遺産分割協議も無効です。
(3)遺産分割の意思表示に錯誤があったとき
遺産分割の重要な事実について誤解があった場合には、錯誤による無効が認められる場合があります。
遺産分割協議が無効だというご相談でもっとも多いのが、上の3番目の錯誤の主張だと思います。私は、1番目や2番目のご相談を実際に受けたことはありません。
錯誤による無効の主張というのは、たとえば、共同相続人である兄から妹が「悪いようにはしないからこれにハンコを押せ」と言われ、極端な不平等はないと信じて内容も確認しないまま署名押印してしまったとか、「財産はこれですべてだからお前の取り分はこれだけだ」などと言われて遺産分割協議書に署名押印したが、後になってもっと多額の財産があることがわかった、といったものです。
遺産分割協議にも民法の意思表示に関する定めが適用されます。したがって、重要な事実について思い違いがあったという場合には、錯誤による無効を主張することが可能ということになります。
しかし、実際には、一旦相続人全員が遺産分割協議書に署名押印して成立した遺産分割協議について、これを後から錯誤によるもので無効だと覆すことは容易なことではありません。
まず、相続人間に不公平な結果となる遺産分割であっても、互いにそのことを納得していたのであれば、それは当事者の自由意思に基づくものですから有効です。後から気が変わって、やはり不公平だからやり直したいというだけでは、一旦有効に成立した遺産分割協議を無効にすることはできません。
これに対し、共同相続人である兄から妹が、「亡母の相続財産はこれで全部だからお前の取り分はこれだけだ」などと説明され、妹がもらう取り分以外の財産はすべて兄が取得する内容の遺産分割協議書に署名押印したというような場合は、妹は遺産分割協議書に署名押印した時点では納得していますが、それは、相続財産が全体としてこれだけだという兄のことばを信じたためです。
ところが、後になって、相続財産の一部が隠されていて実際には相続財産はもっと多額にあったことが判明することがあります。妹がそのことを知っていたなら遺産分割協議書には署名押印をしなかったという場合は、妹は遺産分割協議にあたり遺産の総額について十分な情報を開示されないまま過小に評価するという錯誤に陥っていたということになります。
この場合には、錯誤による遺産分割協議だから無効といえる余地があります。
しかし、このような錯誤は、動機の錯誤といって、判例理論では、動機が表示されていない限り、錯誤無効の主張はできないとされています。
上記の例では、兄とのやり取りにおいて、相続財産が兄のいうとおりだということを理由として遺産分割協議に応じるなどいう動機が表示されていたかどうかが問題となります。
たとえば、他の相続人と兄との間に生じていた相続をめぐる紛争に巻き込まれたくないということが主たる動機で、遺産の内容を確認しようともしないで遺産分割協議書に署名押印したということになると、錯誤による無効は主張できないということになりかねません。
さらに、錯誤があり、動機が表示されていても、遺産分割の意思表示をするにあたって重過失がある場合にも錯誤による無効の主張は認められません。
たとえば、過去の出来事など(被相続人である母より先に死亡した亡父の相続で母が相当の財産を相続しており、妹はその事実を知っていたなど)から、妹が、母には兄が言うもののほかにも相当の財産があることを予想できたとみられる場合もあります。
こうした場合、財産を確認しようともせずに遺産分割協議書に署名押印すると、錯誤に陥ったことについて妹には重過失があるとされてしまうかもしれません。
もちろん、遺産分割協議書に署名押印してしまったからといって、すべてあきらめなければならないというわけではありません。
しかし、一旦、遺産分割協議書に署名押印してしまうと、錯誤などを理由として後から覆すことには高いハードルがあるのも事実です。
ご親族が残してくれた大切な相続財産ですから、遺産分割協議書に署名押印する場合には、遺産の内容や分配の方法などについて十分に検討したうえで署名押印するようにしてください。他の相続人に有利な内容であっても、ご自身がそのことに納得したうえで署名押印するのでしたら何の問題もないのですから。
遺産分割協議の無効を主張するためには、遺産分割協議書を作成するに至った経緯、遺産分割協議書に記載された分割の内容、分割方法が不平等な場合はそうした分割方法を当事者が了解することについて合理的な理由があったかどうか、など様々な検討をする必要があります。
また、一旦成立した遺産分割協議を安易にやり直すとダブルで課税されることにもなりかねません。
遺産分割の無効を検討するのでしたら、事前に相続に詳しい専門家にご相談されることをお勧めします。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。