相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
遺贈の放棄について
生前、子どもたちと仲の悪かった方が遺言を作成し、かなりの価値のある財産をすべて、ご近所で何かと面倒をみてくれた知人に譲った(遺贈)というケースがありました。
こうした遺言は相続人の遺留分を侵害するものですので、遺留分をめぐる争いが起きることは容易に予想されますが、そうしたデメリットを補っても余りある財産でしたので、遺贈を受けた人(受遺者と言います)にとってもラッキーと言えそうなケースでした。
しかし遺贈もそうした場合ばかりではありません。たとえば、売却も難しそうな遠方にある土地などが典型だと思いますが、遺贈してもらっても、管理の負担が増えるだけで正直に言って迷惑だという場合もあるでしょう。
こうした場合は、遺贈を受けることを望まないのがふつうです。そこで今回は、遺贈の放棄について考えてみたいと思います。
遺贈とは、被相続人が遺言で自分の財産を他人に譲り渡すことを言います。
遺贈には、特定遺贈と包括遺贈の2種類があります。
特定遺贈というのは、「私の有する●●所在の土地を、Aさんに遺贈します」といったように、遺言者が有する特定の財産を遺贈するものです。
包括遺贈というのは、「私の有する財産の全部を(あるいは3分の1を)Bさんに遺贈します」などのように、その割合を示して相続財産を遺贈する方法です。全部遺贈する場合の割合は100%です。
冒頭に書いたように、遺贈も必ずしも常に受遺者にとってありがたいことばかりではありません。
そこで民法は、受遺者は、遺言者の死亡後はいつでも遺贈の放棄をすることができると定めています。
ただし、包括遺贈を受けた受遺者は、相続人と同一の権利義務を有するとされているため、包括遺贈を放棄する場合には、相続放棄の場合と同様、家庭裁判所にその申立てを行う必要がありますので、注意が必要です。
これに対し、特定遺贈の場合には、法律上その方式について特段の制限はありません。そこで具体的には、相続人や遺言執行者に対して、遺贈の放棄をする旨の意思表示をすることによって放棄を行います。後々のトラブルを避けるために、その意思表示は、内容証明郵便などの書面によって行うべきでしょう。
また、包括遺贈の放棄は相続放棄と同様の手続により行う必要があるため、原則として、包括遺贈があったことを知った時から3ヶ月以内という期間制限があります。
特定遺贈には期間の制限も設けられていませんので、いつでも放棄することができます。
ただし、それでは相続人の立場が不安定になってしまうため、相続人は、受遺者に対して、相当の期間を定めたうえで遺贈を承認するか放棄をするかの催告をすることができます。この期間内に受遺者が遺贈を放棄しないときは、遺贈を承認したものとみなされます。
相続人が遺贈を放棄したとしても、制度上、遺贈と相続放棄は別のものですので、その相続人は相続を放棄したことにはなりません。そこで、法定相続分については遺産分割に参加して遺産を取得することも可能です。
たとえば、相続人が子どもA・B・Cの3人の場合、各自の法定相続割合は3分の1ずつですが、Aに遺産の2分の1の割合を遺贈するという包括遺贈がなされたが、AはBやCと平等な相続を希望したため遺贈を放棄したとします。すると、その遺贈は効力を失いますが、Aは相続人の地位を失うわけではないので遺産について3分の1の権利を主張することができます。
もしAが遺産の取得をまったく希望しない場合には、別途、相続放棄の手続も行う必要があります。
また、遺贈を受けた受遺者が法定相続人ではない場合には、放棄をした部分については相続をする権利を失うことになり、その遺産は相続人に帰属することになります。
ところで、勘のいい読者なら気がつかれたかもしれませんが、遺贈と相続放棄は別々の制度だとすると、特定遺贈を使うことによって、プラスの財産をある人に遺贈することでその財産は受遺者に残し、マイナスの財産は相続人全員が相続を放棄することによってだれも引き継がない(最終的には国庫に帰属することになります)ということも可能となりそうです。
この結果は不公平にも思え、債権者の権利を害することにもなりかねません。そのため、場合によっては詐害行為による取消しを主張されたり、信義に反するからその効力は無効だなどと主張されて受遺者がトラブルに巻き込まれる可能性もあります。
遺言全般について言えることですが、遺言書を作るときは、遺産を譲り渡すことを想定している人が無用なトラブルに巻き込まれてしまうことがないような配慮もしておくことが望ましいでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。