相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
多額の生前贈与を受けた人が相続の際に相続放棄するのはあり?
相続放棄に関するご相談は以前から少なくありませんでしたが、最近は以前にもまして増えてきている気がします。直近の統計を調べたわけではないので、それがたまたま私だけなのか全国的な傾向かどうかは分かりませんが。
というわけで、このコラムでもすでに何度か相続放棄については触れていますが、また相続放棄に関係する話題です。今回は生前贈与の関係を取り上げることとします。
多額の生前贈与をしてくれた人が亡くなったときの相続なら、相続放棄など考える必要はないことが多いと思います。ですが、次のような場合もあります。
Aは、父Bから2000万円の生前贈与を受けていました。ところが、Bが亡くなって相続が発生して分かったことですが、Bの経営していた会社は、Bの死亡時には赤字経営に陥っていて、社長だったBは会社の多額の借入金債務について連帯保証をしていました。
Aは、連帯保証の責任を負わされることになっては大変ですので相続を放棄したいと思いましたが、自分がすでに2000万円の生前贈与を受けているのに今さら相続放棄をするということが認められるのかが心配になってしまいました。
Bの債権者にしてみれば、AがBを相続すればAに連帯保証の責任を追及することができるのですし、Aが贈与を受けた2000万円はもともとBの財産なのですから、生前贈与を受け取っておきながら相続放棄をして責任を免れようとするなど認めたくはないでしょうから、Aの心配もわからなくはありません。
しかし、生前贈与と相続放棄はそれぞれ独立した関係にあり、民法上も生前贈与を受けた場合には相続放棄は認められないという制約は設けられていません。したがって、生前贈与を受けていたAも原則として有効に相続放棄をすることができます。
ただし例外的に、贈与が詐害行為に当たる場合には、債権者によって贈与を取り消されて贈与を受けた財産を返さなければならないことがあります。この取消権のことを詐害行為取消権といいます。
詐害行為取消権というのは、債務者が債権者に弁済する資力がない状態にあるのに、債権者を害することを知りながら贈与などにより自分の財産を減少させた場合に、債権者がその贈与を取り消すことのできる権利です。
たとえばBが2000万円をAに贈与した時に、BもAもその贈与によってBが債務を弁済できなくなる無資力状態になることを知っていた場合には、その贈与は詐害行為として取り消される可能性があるのです。
もし贈与が取り消されてしまえば、これを返還すべき相手方であるBはすでに死亡しているため、2000万円は相続財産となり、債権者は相続人から回収を図ることができることになります。
上にあげた例では、Bの会社経営が傾いたのはAに贈与した後のようですし、AもBが多額の連帯保証をしていたということも知らなかったのですから2000万円の贈与が取り消されることはなさそうですから、相続放棄するのがよいでしょう。
ところで、多額の贈与を受けた場合には贈与税がかかりますが、一定の場合には相続時精算課税を利用することができます。
贈与税には暦年贈与と相続時精算課税があります。
暦年贈与というのは、その年の1月1日から12月31日までの1年間になされた贈与のことで、その贈与額が基礎控除額である110万円以下の場合には贈与税は発生しません。
これに対して相続時精算課税制度とは、父母や祖父母(満65歳以上)が子どもや孫(満20歳以上)に生前贈与するとき、最大で2500万円までの贈与分にかかる贈与税を無税にする制度です。そして、将来贈与した人が亡くなって相続が発生したときには、贈与財産とその他の相続財産を合計した額をもとに相続税評価をして相続税が課せられます。
このように、相続時精算課税を利用すると、贈与された財産は税法上では相続財産として扱われることになります。そこで、贈与を受けた際にこの制度を利用すると相続放棄ができなくなってしまうのではないかという疑問を持たれる方もいます。
しかし、相続時精算課税を利用した場合でも、民法上は問題なく相続放棄できます。生前贈与と相続放棄はそれぞれ独立した関係にあるということは、相続時精算課税を利用した場合でも同様だからです。先に述べた詐害行為に注意しなければならないことも同様です。
なお、このコラムは税金のコラムではありませんので詳しく解説していませんが、相続時精算課税の利用にはメリットとデメリットがありますので、贈与を受ける際には税理士などの専門家に相談されることをお勧めします。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。