相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
時効は怖い!遺留分減殺請求権の消滅時効
先日仕事で軽井沢に行ってきましたが、10月の終わりともなると木々の紅葉が鮮やかで、仕事での移動とはいえ、車の中から目の保養をさせてもらいました。
さて、今回は、遺留分減殺請求権の時効のお話をします。
弁護士をしていると、最も恐ろしいのは、権利の消滅時効(権利を行使できるときから一定期間権利行使をしないと権利が消えてしまうという制度です。)と上訴期間です。
依頼を受けた事件で、依頼者の権利の時効期間を失念して、時効が完成してしまい、権利行使ができなくなってしまった場合や判決が出た後の上訴期間を徒過して、上訴ができなくなってしまった場合、言い訳の余地はありません。
幸い、私にはまだそのような経験はありませんが、夜寝ていて目が覚めたとき、ふと引き受けている事件の時効期間が気になって、眠れなくなってしまうことがあります。
最悪なのは、ゴルフコースでラウンドしているときに、引き受けている事件の時効期間のことが頭をよぎったときです。気になり始めると止まらなくなり、もともと上手くないゴルフがさらに下手になり、ボロボロのスコアになってしまいます。
相続の分野で最も怖い消滅時効は、遺留分減殺請求権の1年の消滅時効です。
昨年の相続法の改正で、令和1年7月1日以降に亡くなった被相続人の相続については、遺留分減殺請求ではなく、遺留分侵害額請求となりましたが、時効期間については、改正はありませんでした。
(改正前)
第1042条 減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
(改正後)
第1048条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。
権利の名称が、「減殺の請求権」から「遺留分侵害額の請求権」に変わりましたが、時効期間は、「相続の開始及び減殺すべき(改正後は、「遺留分を侵害する」)贈与又は遺贈があったときから1年間行使しないときは、時効によって消滅する。」とされ、時効期間の起算点も時効期間も、変更されていません。
この遺留分減殺請求の消滅時効について、最近、次のような相談がありました。
Xさんの父親は2年前に亡くなり、相続が開始しました(令和元年7月1日より前に相続が開始していますので、改正前の法律が適用されます。)。
父親は、亡くなる半年前に公正証書遺言をしており、その遺言では、父親の不動産は、全部次男Yに相続させ、また、預貯金は、その4分の3を次男Yに、その4分の1を長男Xさんに相続させると書いてありました(相続人は、XさんとYの2人だけであり、また、遺産は、不動産と預貯金だけとします。)。
父親の不動産は、時価8,000万円であり、また、預貯金は合計4,000万円でしたので、Xさんの遺留分額は3,000万円ですが、Xさんは預貯金の4,000万円の4分の1にあたる1,000万円しかもらえません。当然、父親の公正証書遺言は、Xさんの遺留分を侵害しています。
しかし、Xさんは、すぐには遺留分減殺請求をしませんでした。
Xさんは、亡くなる前の父親の様子をよく知っており、父親は、亡くなる1年前から認知症の症状が悪化し、時々徘徊をしたり、訳のわからないことを言ったりしていたので、亡くなる半年前の父親には遺言能力がなく、この公正証書遺言は、無効であると考えていました。
そこで、Xさんは、父親の介護認定記録や病院のカルテを集め、父親が亡くなる半年前に作成した公正証書遺言は無効であるという訴訟を、自分で起こしたのです。
この訴訟は、1審及び控訴審ともに、Xさんの敗訴となり、Xさんが上告しなかったので、Xさん敗訴の判決が確定してしまいました。
その後、Xさんは、Yに対して、遺留分減殺請求をしたのですが、Yの弁護士から、遺留分減殺請求は、既に消滅時効期間が過ぎて消滅したので、認められないという回答を受け取りました。
Xさんとしては、この回答に納得がいかず、私の事務所に相談に来ました。
では、Xさんの遺留分減殺請求権は、時効により消滅してしまったのでしょうか。
Xさんのようなケースについては、既に次のような最高裁判所の判例があります。
「民法が遺留分減殺請求権につき特別の短期消滅時効を規定した趣旨に鑑みれば、遺留分権利者が訴訟上無効の主張をしさえすれば、それが根拠のない言いがかりにすぎない場合であっても時効は進行を始めないとするのは相当でないから、被相続人の財産のほとんど全部が遺贈されていて遺留分権利者が同事実を認識しているという場合においては、無効の主張について、一応、事実上及び法律上の根拠があって、遺留分権利者が同無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかったことがもっともと首肯し得る特段の事情が認められない限り、同遺贈が減殺することのできるものであることを知っていたものと推認するのが相当というべきである(最高裁判所昭和57年11月12日第二小法廷判決)。
この最高裁判所の判例によれば、遺言の無効の主張が、「根拠のない言いがかりにすぎない場合」には、遺留分減殺請求権の時効は進行してしまいますが、「事実上及び法律上の根拠があって、遺留分権利者が同無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかったことがもっともと首肯し得る特段の事情」がある場合には、遺留分減殺請求権の時効は進行しないことになります。
Xさんの場合、父親が公正証書遺言をした当時の介護認定記録や病院のカルテに、父親の認知症の症状がかなり進行しており、判断力や意思伝達能力が大きく低下していたことを裏付けるような記載がありました。
従って、父親の公正証書遺言が無効であるというXさんの主張は、「根拠のない言いがかりにすぎない」とは言えず、「事実上及び法律上の根拠があって、遺留分権利者が同無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかったことがもっともと首肯し得る特段の事情」があると考えられます。
ただ、Xさんは、Xさんが提起した訴訟の1審で敗訴していますので、この時点で、父親の遺言が無効であるというXさんの主張は認められないという裁判所の判決が出ています。
この点は、意見の分かれるところかもしれませんが、この1審判決により、Xさんには、「遺留分権利者が同無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかったことがもっともと首肯し得る特段の事情」は、なくなってしまったように思えます。
この意見によると、Xさんは、遅くとも1審判決を受け取ったときから1年以内に、Yに対して遺留分減殺請求をしなければなりませんが、XさんがYに対して遺留分減殺請求をしたのは、1審判決を受け取ってから1年以上経過した後でした。
このため、私としては、Xさんの遺留分減殺請求権は、時効により消滅していると思います。
このように、時効というのは、とても難しいので、弁護士である私たちも、その対応には、神経を使っています。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。