相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
特別受益
今回は、相続人に被相続人から生前に財産の贈与がなされていた場合についてお話しします。
遺産分割のご相談を受けると、相続人のうちのある者だけが被相続人の生前に多額の財産の贈与を受けている、ということを聞くのは珍しくありません。
このような場合に、遺産分割にあたって、この相続人が他の贈与等を受けていない相続人と同じ相続分を受け取ることになると、相続人の間で不公平が生じることになります。
そこで、こうした特別の受益(贈与)は、相続財産に持ち戻して相続分を算定することとされています。
たとえば、被相続人である父(A)が死亡し、相続財産が9000万円、相続人は長男X・二男Y・三男Zの3人で、XはAの生前に、開業するための資金として3000万円の贈与を受けていたとします。遺言書はありません。
各自の相続分を算定するには、まずその基礎となる相続財産(これを「みなし相続財産」といいます)を確定する必要があります。その際、Xが贈与を受けた3000万円を相続財産に持ち戻す(加算する)ので、みなし相続財産の額は9000万円+3000万円=1億2000万円となります。
そして、このみなし相続財産である1億2000万円を基礎に各自の相続分を計算します。
X・Y・Zの相続割合は3分の1ずつですから、相続分は4000万円ずつとなります。ただし、Xは生前に3000万円の贈与を受けていますから、相続によって新たに取得すべき財産は1000万円です。YとZは相続財産からそれぞれ4000万円ずつ取得します。つまり、次のように分配すべきことになります。
相続財産9000万円
長男X 4000万円-3000万円=1000万円(生前贈与3000万円あり)
二男Y 4000万円
三男Z 4000万円
それでは、特別受益として持戻しを求められる贈与はどのようなものかというと、「婚姻、養子縁組のためもしくは生計の資本」としてなされたものと決められています(民法903条1項)。
具体的には、婚姻、養子縁組のための贈与としては、持参金や支度金などがこれにあたります。ただし、その価額が少額で親子間の扶養の一部と認められる場合は特別受益にはなりません。
また、生計の資本としての贈与としては、営業資金の贈与、親から独立する際にもらった土地や建物など、生計の基礎として役立つといえるものです。
よく問題となるものに、高等教育を受けるための学資(入学金や授業料等)があります。
これについては、被相続人の生前の資力、社会的地位などから判断されますが、私立の医科大学の入学金など特別に多額のものでない限り、親の子に対する扶養義務に基づく支出として特別受益にあたらないと解されることが多いようです。
高齢の被相続人Aの通帳から預金の引き出しが多数回にわたって行われている場合に、これを被相続人と同居していた相続人Xが自分のものとして取得したものだとして特別受益が問題となる場合もあります。
特別受益にあたるとするためには、贈与があったこと、つまり贈与者(A)が自分の意思で受贈者(X)に財産的利益を与えたといえることが必要です。
通帳から預金が引き出されていたとしても、それだけでは、A名義の預金口座から預金の払戻しが行われていたという事実が認められるだけで、Xが被相続人の了解のもとに引き出した預金を取得したという点については証明できないので、特別受益が認められるには不十分です。
ただし、A名義の通帳から預金の払い戻しがあった日と同日もしくは近接した日にX名義の口座に同額が入金されているなどの事実がある場合には、贈与が認められる可能性は高いでしょう。
また、たとえばAが痴呆など判断能力をまったく失っていた場合には、A名義の口座から払い戻された預金については、判断能力を失う前に相続人との間で何らかの合意がなされていたといえる場合でない限り、贈与は認められません。
この場合には、特別受益として相続財産に持ち戻すのではなく、相続人に対する不当利得としての返還請求や不法行為として損害賠償請求を検討すべきことになります。
特別受益が認められる場合でも、被相続人は、相続財産への持戻しを免除することができます(民法903条3項)。これは、せっかく生前贈与をしてその相手方に特別に財産を分け与えようとした被相続人の意思を尊重しようとするものです。
よく問題となるのは、どのような場合にその持戻し免除の意思が認められるか、です。
たとえば遺言書や贈与した際に作られた書面などに持戻しは不要とする趣旨の言葉が書かれていれば分かりやすいのですが、財産を贈与する時点では相続時の持戻しといったことまでは考えないことが多いなどの事情から、持戻し免除の意思が読み取れるはっきりした書面はない場合が多いのです。
しかし、そうした明確な書面がなくとも、持戻し免除の意思表示は、被相続人が特定の相続人に対して相続分以外に財産を相続させる意思を有していたこと(持戻しを求めないこと)が色々な事情から推測できれば認められます。
たとえば、病気などの理由で独立して生計を営むことが困難な相続人に対して、治療費など生活保障を目的としてなされた贈与や、妻の老後の生活を支えるための贈与などは、遺産分割の際に持ち戻させることを想定していたとは考えられないことがむしろ通常と思われます。こうした場合には、持戻しを免除するといった明らかな意思表示がなくても持戻し免除の(黙示の)意思表示が認められる可能性が高いです。
特別受益は、遺産分割にあたって問題となることが多く、ここで述べた以外にもいろいろなケースで問題となります。そうした問題については、また別の機会にご説明したいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。