相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
遺言で相続財産をもらった人が義務(負担)を果たしてくれない
ある程度の財産は蓄えた。自分が死んだ後で、長年連れ添ってくれた妻が不安なく生活していけるのかが心配なので、これに備えて遺言書を作っておきたい。
こうしたときに、妻に多くの財産を与えるという内容の遺言書を作っただけでは、とくに妻が高齢の場合など、本人が自分で相続した財産をきちんと管理してやっていけるのか心配だということは少なくないでしょう。
そこで、だれか信頼できる人を受遺者として、その人に財産を譲り渡すかわりに、妻の生活費や療養費などを負担してもらってその面倒をみてもらうという内容の遺言をするということが考えられます。
このように、受遺者に財産を譲り渡すかわりに一定の法律上の義務を負担させるという遺贈のことを、負担付遺贈といいます。
具体的には、たとえば次のような内容の遺言です。
第●条 遺言者は、遺言者名義の自宅土地建物及び相続開始時に遺言者が有する現金及び預貯金を長男に相続させます。
第●条 長男は、前条の相続の負担として、遺言者の妻の福祉施設の入所費用、医療費等を負担するなどして、遺言者の妻が死亡するまでその扶養をするものとします。
また、私には経験がありませんが、最近では、一人暮らしの人が、可愛がっているペットの世話をしてもらうことを条件とする負担付遺贈を行うということもあるようです。
負担付遺贈がなされると、受遺者は、遺言書に書かれた財産をもらうかわりに、一定の義務を負担することになります。これによって、遺言者は、希望する義務を受遺者に果たしてもらうことを期待することができます。
しかし、義務を負わされる受遺者にしてみれば、譲るとされている財産を欲しくないということもありますし、履行しなければならないとされている義務を果たすのは重荷だということもあるでしょう。
そこで、負担付遺贈も、負担のない通常の遺贈と同様に自由に放棄することができます。
受遺者が遺贈を放棄した場合、遺言書にとくに定めがないときは、負担の利益を受けるはずだった者がかわって受遺者となることができるとされています。
上記の遺言書の例でいえば、長男が負担付遺贈を放棄したときは、遺言者の妻がそのかわりに受遺者となって、自宅土地建物及び相続開始時に遺言者が有する現金及び預貯金を受け取ることができるというわけです。
しかしこれでは、遺言をした人の思いは達せられないことになります。
このように、負担付遺贈をしても万全とはいえませんので、負担付遺贈をしようとするときは、事前に義務を果たしてもらいたいと思う信頼できる受遺者候補者によくその目的などを説明して理解を得ておくことが大切です。
ただ、どんなに事前にきちんと説明してその義務を理解してもらったうえで負担付遺贈をしたとしても、遺言者が死亡した後、遺言によって遺産を取得した受遺者がきちんと負担(義務)を実行してくれない、冒頭の例でいえば、長男が妻の生活の面倒をみてくれないといった事態が生じることがないとは言い切れません。
妻や長男以外の兄弟(相続人)は、遺言書の内容は財産のほとんどすべてを長男に与えるというもので不平等ではあるけれど、長男がきちんと遺言書に定められたとおりお母さんの面倒をみてくれるなら我慢しようということで、一旦はこれを受け入れる気持ちになっていたとしても、長男が遺言書に反してお母さんの面倒をみてくれないというのでは、そのままというわけにはいかないでしょう。
こうした場合に備えて、負担付遺贈がなされた場合、相続人は、相当の期間を定めて負担した義務を履行するよう受遺者に催告することができるとされています。そして、催告をしたにもかかわらず義務が履行されない場合は、相続人は、負担付遺贈にかかる遺言の取消を家庭裁判所に請求することができます。
ある例では(実際のケースとは変えています)、長男は自宅土地建物と現金、預貯金(実際には遺言者の遺産の全部といってよいものでした)を相続したのに、お父さんの死後、認知症を発症したお母さんを施設に入れてお母さんの通帳も事実上管理して、お母さんの生活費や療養費はお父さんから受け継いだ遺産からではなくお母さんがもともと有していたお母さんの預貯金から賄っていたうえに、使途不明の預金からの引出もなされていました。
こうした事情が発覚した後、他の兄弟は長男に対して、お母さんの預金口座から出した生活費や療養費をお母さんの口座に戻すよう要求するなどしましたが、長男はまったく聞き入れようとしませんでした。
そこで他の兄弟は、家庭裁判所に負担付遺贈の取消しを求めて申立てを行い、家庭裁判所は、長男が遺言書に定められた負担義務を履行していないと認めて遺言を取り消しました。
結局、最終的に遺言者であるお父さんの思いとは逆に、相続人である子どもたちが負担付遺贈をめぐって争うという残念な結果になってしまいました。
今回ご紹介したのは、負担付遺贈が取り消されるという珍しいケースでした。遺言書は有用なものですが、どのように作るのが一番よいのか、よく考える必要がありそうです。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。