相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
遺産の一部分割について
今回も引き続き、改正された相続法についてお話します。今回はとりあげるのは、「遺産の一部分割」です。
先日、遺産の内容として、預貯金、株式と複数の不動産があるという相続案件で、一部の不動産だけを対象とする遺産の分割協議書を作成しました。
この件は、相続人の間でのお金の貸し借りがからんだ感情の対立があったりして、遺産分割の協議がなかなか進んでいませんでした。ですが、ある不動産について高額の買受けの申込みが入ったことから、急きょ、その不動産についてだけ法定相続割合で共有取得する合意が成立しました。
そこで、その内容の遺産分割協議を成立させ、その不動産を共同で売却して代金を分配することとしたものです。
このような、一部の遺産についてだけ他の遺産に先行して分割する「遺産の一部分割」は、従来から行われてきました。
上にあげた例は、早期に遺産分割をまとめて売却しないと利益が減ってしまうかもしれないという場合でした。しかし、早期に遺産分割がまとまらないと、現実に損害が生じてしまう場合もあります。
たとえば、不動産の売買契約を締結したが、契約で定められた代金決済と引渡しの約定日の前に売主が急死してしまったという場合、売主の相続人の間で遺産分割協議がまとまらないままずるずると引渡しが遅れていくと、売主の地位を承継した相続人が買主から違約金を請求されることにもなりかねません。
かといって、遺産全体の範囲が不透明だったり、特別受益やら寄与分やらを主張する相続人もいたりなどして、遺産全体についての分割は容易にまとまらないというようなこともあり得ます。
このように、遺産の全体については一旦ペンディングしておき、遺産の一部についてだけ他の遺産に先行して分割するといったニーズは否定できないのです。
そこで、これまで民法には遺産の一部分割について定めた規定はありませんでしたが、改正法は、協議によって「遺産の全部又は一部の分割をすることができる」、協議が調わないときなどは「全部又は一部の分割を家庭裁判所に請求することができる」というように、遺産の一部分割も可能であることを条文上も明らかとしました。
今後、家庭裁判所に遺産の一部の分割だけを求めたいときは、「被相続人の遺産のうち、別紙遺産目録記載の次の遺産の分割の調停を求める。」などと一部分割を求める遺産の範囲を特定して申し立てることになるようです。
実際に協議や調停で遺産の一部分割が行われると、一部分割の対象となった遺産は、他の分割未了の遺産から分離されて遺産分割が確定されることになります。
その場合には、分割されていない財産が残っていますから、残った財産について、別の機会にまた遺産分割を行わなければならないことになります。
ただし、相続人間の協議が調わないとき、常に家庭裁判所に遺産の一部分割の請求をすることができるわけではありません。
改正法は、遺産の一部分割をすることによって他の共同相続人の利益を害するおそれがある場合には、一部分割は認められないと定めています。
どういうことかというと、たとえば、一部の相続人に特別受益が認められるため、一部分割を認めると具体的相続分を超過する遺産を取得させる結果となるおそれがあるが、残余財産の分割の際にその者に代償金を支払う能力があるかどうか疑わしいといった場合が考えられます。
こうした場合に、そのような事情を無視して一部分割を認めると、最終的に適正な分割が達成できないおそれを否定できません。そうした場合には、一部分割の申立ては認められないことになるでしょう。
協議によって遺産の一部分割をする場合、先に行われた一部分割の際に、その合意が後に行われる残余財産の分割に影響するのかしないのかを明らかにしておいた方がいい場合があります。
たとえば相続人が兄弟2人で、遺産のうちの自宅不動産については、それまでも兄がその不動産に居住していたため、兄に全部取得させることで話がまとまり、そうした内容の一部分割をしたとします。
後から残りの遺産について分割しようとしたところ、兄は、自宅不動産を自分が全部取得したのはそれまで自分がそこに居住していたという事情からいわば当然のことで、残余の遺産については平等に2分の1ずつ分けるべきだと主張し、他方、弟は、先に自宅不動産についての相続分を兄に譲ってやったのだから、残余の遺産分割の際にはその分を合わせて自分が取得するのが公平だと主張するなどして、紛争になることも考えられます。
このような争いを避けるため、遺産分割を行う際には、一部分割であっても、後で揉めることのないよう専門家のアドバイスを求めるのが望ましいでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。