

相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
お年寄りの気まぐれ 親との共有建物の法的リスク
トランプ関税の朝令暮改に、世界が右往左往しています。
日経平均も、毎日1000円単位で上下しており、方向性が全く見えない状況です。
日本経済は、長年のデフレからやっと脱却し、物価と賃金が上昇するという流れになってきたところなので、トランプ関税の影響で、この流れが止まってしまわないか心配です。
さて、今回は、父親の気まぐれに翻弄された息子夫婦のお話です。
Aさんは、都内の会社に勤める55歳のサラリーマンです。奥さんは専業主婦で同居していますが、息子2人は、就職して家を出ています。
Aさんの自宅は、20年前に、Aさんの父親の土地上にAさんとお父さんがお金を半分ずつ出して建てたものであり、Aさんと父親の共有(持分各2分の1)となっています。
建物の構造は、木造2階建てで、いわゆる2世帯住宅となっており、Aさん一家が2階に居住し、お父さんが1階に居住していました。ちなみに、Aさんのお母さんは、この家が建つ前に亡くなっています。
ここまでの事情を見ると、東京の住宅地では、時々見られる二世帯住宅に住む家族であり、何の問題もないように見えます。
ところが、最近になって、Aさんのお父さんが、この家を売って、Aさん一家とは、別々に住みたいと言い出しました。
お父さんの言い分は、家を建てる時にAさんが建築費を操作して自分にたくさん払わせたり、家を建てた後に購入した家電や家具について、Aさん家族が使用するものの代金を自分に払わせたりしたが、これらのことについて問い糾してもちゃんと対応してくれないので、信用できなくなったというものでした。
Aさんとしては、お父さんが言っているような事実はなく、お父さんの誤解であり、そのことを何度もお父さんに説明してきましたが、お父さんは納得せず、共有物分割請求訴訟を提起されてしまいました。
1つの物を、複数の人が共同して所有している状態を共有といいますが、共有は、共有者の1人が共有している物(共有物)について何かしようと思っても、他の人の意見を聞かなければならないことが多く、物の利用にとっては不便です。
そこで、民法は、共有者の一部の人が、共有関係を解消したくなったときは、原則としていつでも共有物の分割を求めることができるものとしており、そのための裁判手続きとして、共有物分解請求訴訟というものがあります。
共有物分割請求訴訟が提起されると、訴訟ですから、和解で話がつかない限り判決となりますが、判決では、原則として、次の3つの選択肢しかありません。
① 現物分割
② 代償分割
③ 換価分割
①の現物分割とは、共有物を物理的に分けるということです。たとえば、広い土地ならば、それを共有者の数に分筆して、共有者がそれぞれ一筆の土地を単独所有するという分け方が可能です。これを現物分割と言います。
次に、代償分割とは、共有者の1人が他の共有者にお金を払って、他の共有者の共有持分を取得するというものです。
最後に、換価分割とは、共有物を売却して、その代金を共有者が共有持分に応じて取得するというものです。ただ、共有物分割訴訟の中で共有物を売却するということではなく、共有者全員に競売の申立をする権利を与えるという判決になります。この判決が確定すると、共有者は、裁判所に対して共有物の競売の申立をして、裁判所の手続きで共有物を売ってもらうことになります。
共有物分割訴訟が提起されると、原則として上記の3つのどれかの判決が下されることになり、これを阻止するのは、極めて難しいというのが実情です。
本件の場合、共有物は一棟の建物ですから、現物分割は不可能です。
また、Aさんとお父さんのどちらかが、建物の評価額の半分のお金(これを、代償金と言います。)を相手方に支払うから自分の単独所有にしたいと申出て、かつ、支払の資力がある場合には、裁判所は、代償分割を検討することになります。
本件では、Aさんも、お父さんも、この申出をしましたが、建物の敷地がお父さんの所有であることから、Aが建物全部を取得しても、敷地の使用を巡ってさらに紛争が続くことが明らかですので、裁判所は、Aさんの申出を認めることは難しいという意見でした。一方、裁判所は、お父さんがこの申出をしており、お父さんには資力が十分にあり、建物の敷地もお父さんの所有なので、お父さんの申出が認められる可能性が高いという意見でした。
そして、代償分割ができる場合は、換価分割より代償分割を優先するというのが、裁判所の考え方ですので、判決になった場合、お父さんの申出が認められ、建物はお父さんの単独所有となり、Aさんは、建物の評価額の半分の支払を受けるという結論になりそうでした。しかし、築20年の木造家屋の評価額は極めて低いので、Aさんは、僅かなお金をもらうだけで、建物の共有持分を失うことになります。
結局、Aさんは、上記のような判決がでることを避けるために、建物の評価額の2分の1よりかなり多い代償金の支払を受けて建物の持分をお父様に譲り、1年後に建物から出て行くという和解をしました。
説明が長くなってしまいましたが、先ほどお話ししたように、共有というのは、常に他の共有者から共有物の分割を求められるリスクがあり、最終的には、共有物分割訴訟となってしまうおそれがあります。
ですから、自分の生活の基盤となる自宅が共有であるというのは、極めて不安な状態と言えます。
特に、共有者が高齢の親である場合は、関係が上手くいっているときは良いのですが、何かのきっかけで関係が悪化すると、Aさんのような事態になりかねません。
親と一緒に家を建てるというのは、このようなリスクを伴うものですから、なるべく避けるべきであり、避けられないときは、せめて共有ではなく、区分所有にすると良いのではないかと思っています。
ちなみに、これは、あくまで私の想像ですが、Aさんのお父さんが、Aさんに対して文句を言い始めたのは、Aさんの妹さんが離婚してこの家に転がり込み、お父さんと同居し始めた頃ですので、お父さんがその妹さんに、いろいろと言われたのではないかと思っています。
その意味で、この紛争は、相続の前哨戦であったのかもしれないと思っています。
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大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。