相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
配偶者居住権の続き(評価方法)
今回も引き続き、配偶者居住権についてご説明します。
前回、配偶者居住権が認められることになったのは、配偶者が住み慣れた家で住み続けるようにしながら生活資金を確保することができるようにするためだとご説明しました。
そして、次のような例を考えてみました。
夫と妻が、夫所有の建物(自宅建物)で同居していたが、夫が亡くなりました。遺産は、自宅土地建物(評価額3,000万円)、預貯金1,000万円で、相続人は妻、長男、長女の3人です。
この場合、遺言書がないと、妻の相続分は2分の1、金額にして2,000万円となるので、妻が自宅土地建物を取得すると評価額3,000万円との差額1,000万円を長男と長女に支払わなければなりません。
それでは妻の生活資金が心配です。そこで、妻が配偶者居住権という所有権に比べて低い評価額の財産を取得することとして、住み慣れた建物での居住を継続しながら生活資金を確保しようというわけです。
なぜ配偶者居住権だと評価額が下がるのでしょうか。
それは、配偶者居住権というのは自宅に住み続けることができるだけの権利で、所有権は他の相続人が取得するからです。
したがって、配偶者は住んでいる建物を売却することはできません。
また、配偶者居住権は、配偶者自身の居住の確保のために認められた特別の権利なので、配偶者居住権を第三者に売ることはできませんし、権利は配偶者の死亡によって消滅するため相続の対象にもなりません。所有者の承諾を得ないで建物を賃貸したり増改築したりすることもできません。
このように配偶者居住権は、所有権とは別の一定の制約がある権利なので評価額も下がるのです。
では、具体的に、配偶者居住権をどのように評価すべきでしょうか。
配偶者居住権の評価方法については、様々な方式が検討されています。
たとえば日本不動産鑑定士協会連合会は、配偶者居住権の価額の算定方法について、
とする考え方を示しています。
相続人間で配偶者居住権の評価額について合意できないときは、最終的には鑑定が行われることとなり、その場合には上記のような評価方法によることになるのでしょう。
しかし、賃料相当額、必要費、年金現価率をどのように設定するかが難しく、相続人間で協議をするうえでは、もう少し簡単な指標がほしいところです。
そこで、ここでは、平成31年度税制改正で示された相続税に関する配偶者居住権の評価方法をご紹介します。
これによれば、土地と建物の権利関係をそれぞれ配偶者居住権の権利と配偶者居住権の負担付の所有権とに分けて考え、配偶者居住権は次の①と③の合計額、所有権を取得した相続人は②と④の合計額を相続したものと評価することになります。
①の建物の配偶者居住権は、建物の時価から配偶者居住権が設定された所有権の価額を引いた額です。まず②を計算してから①を出すということです。
②は、配偶者居住権が設定された建物所有権の価額です。次の計算式によります。
建物の時価は固定資産税評価額によります。
残存耐用年数は、その家は構造的にあとどれくらい住めるかという年数です。建物の構造に応じた法定耐用年数を1.5倍し、そこから築年数を引いて導きます。法定耐用年数は建物の構造に応じて定められており、国税庁のホームページなどから確認できます。
民法の法定利率の複利現価率については、面倒なので説明を割愛します。民法改正により法定利率も4月1日より年3%に変更されているので、3%の複利現価率を使用します。国税庁が複利表を公表していますので、これを用いればいいです。
③は配偶者居住権に基づく敷地の利用権です。土地についても、まず配偶者居住権が設定された所有権の価額を計算します。
④は敷地の所有権です。計算式は次のとおりです。
上記の設例で、妻は75歳、建物は木造で築年数15年、建物の固定資産税評価額は500万円、配偶者居住権の存続年数を終身として計算してみましょう。
まず、②の配偶者居住権が設定された建物の所有権の評価額を出します。
木造建物の法定耐用年数は22年なので、これを1.5倍すると33年、そこから築年数を引いて残存耐用年数を出します。33年マイナス15年で残存耐用年数は18年となります。
居住権の存続年数は、遺産分割協議などにより自由に設定できます。配偶者が亡くなるまでという終身契約も可能です。終身とした場合は、この評価においては厚労省の発表する平均余命年数を契約期間とします。
75歳女性の平均余命年数は15年なので、居住権の存続年数は15年とします。15年の年3%の複利現価率は0.642です。
これらの数字を計算式にあてはめると、次のとおり、配偶者居住権の負担付の建物所有権の評価額は53万5,000円となります。
これを建物の評価額500万円から引くと、①の配偶者居住権の評価額は446万5,000円となります。
土地についても、建物と同様、まず④の配偶者居住権が設定された土地所有権の評価額を計算します。
土地の価額は2,500万円、複利現価率は0.642なので、配偶者居住権の負担付の建物所有権の評価額は1,605万円となります。
これを土地価額2,500万円から引いた残額895万円が配偶者居住権の敷地利用権の評価額となります。
したがって、配偶者居住権の評価額は、建物446万5,000円+土地895万円=1,341万5,000円となり、土地建物を相続した場合の3,000万円から大幅に低くなりました。これなら、預貯金を合わせた遺産の合計4,000万円の2分の1に達していないので、妻は預貯金の一部も相続することができそうです。
以上の計算は相続税評価における考え方で、時価そのものとは異なりますので、実際の遺産分割で常にこの計算によるわけではありませんが、配偶者居住権を検討する際の参考になさってみてください。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。