

相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
なぜ会えないのですか?面会妨害に関する興味深い裁判例
10連休も終わり、皆さん仕事に復帰されていることと思います。
フルにお休みになった方は、ペースを取り戻すまでは、ちょっとしんどいかもしれません。
さて、今回は、面会妨害に関する興味深い裁判例をご紹介します。
前にもこのコラムで書きましたが、相続争いの前哨戦として、一部の兄弟が、親を連れ去り、自分しか知らない施設に入れ、他の兄弟にはその施設を教えないという手段に訴えることがあります。このようにして親を囲い込み、親の預金を使ったり、遺言書を書かせたりすることもあります。
最近も、こんなケースがありました。
私の依頼者のAさんの弟Bは、認知症の父親を施設に入れ、父親の預金を、キャッシュカードを使って勝手に引き出していました。これを知ったAさんは、この使い込みを止めさせるために、家庭裁判所に父親の後見開始の審判の申立をすることにしました。
父親に後見が開始し、成年後見人が選任されれば、成年後見人が父親の財産一切を管理することになりますので、Bは父親の預金を使うことができなくなります。
後見開始の申立をするには、父親の認知症の程度を記載した医師の診断書が必要ですが、通常であれば、父親が入居している施設と契約している医師に診断書を書いてもらいます。
しかし、このケースでは、Bが身元保証人になって父親を施設に入れたので、Bの了解なしに施設と契約している医師に診断書の作成を依頼することができませんでした。
そこで、Aさんが知り合いの医師を父親の入所している施設に連れて行き、その医師に診断書を書いてもらい、家庭裁判所に父親の後見開始の申立をしました。
申立を受けた家庭裁判所は、診断書を書いた医師が、父親が入居している施設と契約している医師ではなくAの知り合いの医師であったことやBが父親には正常な精神能力があると主張したため、もう一度家庭裁判所の選任した医師に父親の診断をさせることにしました(これを、「精神鑑定」といいます。)。
ところが、家庭裁判所が、精神鑑定を行うことをBに連絡したところ、何とBは、施設との契約を解約し、父親をどこかに連れ去ってしまいました。
現在、父親の所在は不明であり、精神鑑定が実施できない状態になっていますが、家庭裁判所としては、あくまで精神鑑定をする方針であり、Bを説得しているようです。
このように、兄弟の一人が親を連れ去って自分しか知らない施設に入れ、他の兄弟にその施設を教えないということが起きた場合、一体どうしたら良いのでしょうか。
このようなケースについて、最近、首都圏のある地方裁判所で、次のような仮処分決定がありました(なお、「仮処分」の意味については余り気にせずに、裁判の種類の一つと思ってください。)。
この仮処分決定の事案は、次のようなものでした。
父親A及び母親Bは、2人とも軽度のアルツハイマー型認知症で、介護認定(Aが要介護1、Bが要介護2)を受けていましたが、九州の地方都市にある自分たちの自宅で、2人で生活していました。
AとBには、両親の自宅近くに住む長女Xと首都圏に住む長男Yの2人の子供がいましたが、突然Yが両親を自宅から連れ去り、一旦Yの自宅に居住させた後、有料老人ホームに入所させてしまいました。Yは、両親を連れ去る際、Xには何の連絡もせず、また、その後も、Xに両親の居場所を教えませんでした。
そこで、Xは、Yの自宅所在地を管轄する家庭裁判所に、Y及び両親を相手方として親族間の紛争調整の調停申立をしましたが、調停の第1回期日にY及び両親は出頭せず、さらに、Yは、調査官に対して、調停に応じる考えはないことなどを電話で回答しました。
また、Xは、Yの自宅所在地の自治体の地域包括支援センターに問い合わせをしましたが、同センターからは、両親は施設に入所中であるがYから施設名を教えないように言われていると言われ、施設名は教えてもらえませんでした。
さらに、Xは、Yの自宅所在地を管轄する家庭裁判所に、両親の後見開始の審判の申立をしましたが、家庭裁判所調査官の調査に対し、Yは、両親の所在を明らかにしたくないという意向を示し、また、両親が入居していると想定される施設(以下、「有料老人ホームZ」とします。)も、入居の有無について回答しませんでした。このため、家庭裁判所は、両親の精神鑑定ができませんでした。
そこで、Xは、Yの自宅所在地を管轄する地方裁判所に、Y及び有料老人ホームZを相手方として、Xが両親と面会することを妨害してはならないとの仮処分を申し立てました。
この申立に対し、地方裁判所は、Y及び有料老人ホームZは、Xが両親と面会することを妨害してはならないとの仮処分決定を下しましたが、Xがこれを不服として異議申立を行いました。
この異議申立事件の審理においても、Yは、Xの申し立てた両親の後見開始の審判申立事件について、家庭裁判所調査官の調査に応じるつもりがないと述べていました。
この事件で、地方裁判所は、以下のとおりYの異議申立を退けました。
まず、Xが両親に面会する権利があるかについては、「両親が高齢で要介護状態にあり、アルツハイマー型認知症を患っていることからすると、子が両親の状況を確認し、必要な扶養をするために、面会交流を希望することは当然であって、それが両親の意思に明確に反し両親の平穏な生活を侵害するなど、両親の権利を不当に侵害するものでない限り、Xは両親に面会する権利を有するものといえる。」としました。
また、仮処分命令を出す必要性についても、それまでの事情から、Yの意向が両親の入居している施設等の行為に影響し、Xが両親に面会できない状態であり、Yのこれまでの態度からすると、この状態が改善する可能性は乏しいとして、仮処分決定を下す必要性があると判断しました。
Xの主張が認められたのは、Xが、親族間の紛争調整の調停申立、自治体の地域包括支援センターに問い合わせ、両親の後見開始の審判の申立など、さまざまな手段を使って両親を探したにもかかわらず、両親の居所を見つけることが出来ず、その過程で、Yの言動が施設等に強く影響を与えていることが明らかになったという事情があったからです。
恐らく、Xが上記のようなさまざまな手段をとらず、いきなり地方裁判所に仮処分の申立をしても、地方裁判所は、両親の居所を見つけるためにXが取り得る手段は他にあることやYの言動が施設等に影響を与えているかどうか不明であることを理由として、仮処分決定を出すまでの必要性はないと判断したでしょう。
結局、一旦親を連れ去られ、どこかの施設に入れられてしまうと、Xと同じくらい頑張らないと、親と面会することができなくなってしまう恐れがあるということです。
最初に紹介した私の担当している事件も、仮処分申立までやらなければならなくなるかも知れません。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。