相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
遺留分の請求を受けたが、すぐにはお金を用意できないときは?
今回は、民法改正によってあたらしく取り入れられた、遺留分の請求を受けた場合の「期限の許与」という制度についてご説明します。
次のような、遺留分の主張がなされるケースを考えてみましょう。
被相続人Aさんは妻に先立たれ、相続人は息子と娘の二人だけです。
Aさんは、自分が死んだら、長年自分のそばにいて献身的に面倒をみてくれた娘に自宅不動産を与え、息子には預金の一部を分ければ十分だと考えていました。
息子は大手金融機関に就職して自宅も購入しているのですが、年をとったAさんが老後のことを相談したいから顔を見せるよう手紙を書いても返事も寄越さないという状態でしたので、遺産もあてにしてないだろうと思っていました。
そこでAさんは、預金は息子と娘に2分の1ずつ相続させ、自宅不動産は娘に相続させるという内容の遺言を作成しました。遺言書には、そうした遺言にした理由も書き、Aさんの思いを汲み取ってその意思を尊重してほしいと記載しておきました。
Aさんが亡くなり、自宅不動産と預金1000万円の遺産が残されましたが、遺言の内容を知った息子は激怒しました。
息子はさっそく娘に対して、自宅不動産の価値は5000万円以上すると主張して、遺留分1000万円を10日以内に支払うよう書面で請求してきました。
しかし娘には、すぐに1000万円もの大金を用意できるあてはありません。どうしたらいいのでしょうか。
ここで改正後の遺留分制度について簡単にご説明します。
改正後の民法は、遺留分について、従来の「遺留分減殺請求」という言い方から「遺留分侵害額の請求」と文言を改めました。言い方が変わったのは、その中身が変わったからです。
旧法では、遺留分の権利を行使すると、遺留分を侵害する遺贈や贈与は、遺留分を侵害する限度で無効になるとされていたため、「減殺」という言葉が採用されていました。
しかし新法では、遺留分の侵害があっても、その原因となる遺贈や贈与の効力は有効としたままで、遺贈や贈与を受けた者に、遺留分を侵害する額に見合う金銭を支払う義務を負わせるというように変更されました。そのため、効力を失わせることを意味する「減殺」という言葉は使われなくなったのです。
たとえば旧法の下では、遺贈された財産が不動産だった場合、遺留分減殺請求を受けると遺贈の効力が一部否定されるため、遺贈を受けた者(受遺者)と遺留分請求を行った相続人との間でその不動産を共有するといった事態が生じることになります。
もちろん、旧法の下でも、受遺者が、遺留分として不動産の一部を渡す代わりにそれに見合う金銭(代償金)を支払うことは認められていました。
しかし、不動産以外にみるべき相続財産がないなどの理由で、遺留分請求の結果、不動産が共有状態になることも少なくありませんでした。
そうした場合、もともと遺留分を請求した者と請求を受けた者との共有ですから、不動産の維持や管理の方法などについて円満に協議したり、不動産を処分しようとしたときにスムーズに相手方の協力が得られるかは疑問です。
最終的には、共有物分割の請求といった別の手続をとって共有状態を解消しなければならなくなるなど、争いが長く続いてしまうこともありました。
そこで改正法では、遺留分の効果を金銭の請求ということに一本化したというわけです。
ところがそうなると、遺留分の請求を受けたが現金や預金などそれに見合う相続財産がないといった場合、自分の手持ち資金の中から遺留分に見合う金銭を支払わなければなりません。しかし、すぐにはそのような金銭を用意できないということもあるでしょう。
遺留分に見合う金銭を手当てできる見通しがない場合には、やむを得ず相続した不動産を売らなければならないということもあるかもしれませんが、そうした場合にも、不動産の売却には一定の時間を要します。
最初にご紹介したケースでは、相続財産の預金1000万円のうち娘は500万円をもらえることになっていますが、相続税も支払わなければなりませんし、1000万円の請求には足りません。
ほかに息子の遺留分に見合うお金をすぐに用意できるあてがない場合、遺留分の請求を受けたらただちにこれに応じる必要があり、支払が遅れると遅延損害金まで支払わなければならないとなると、娘の負担が大きすぎます。
このような場合に備えて、新法では、裁判所が支払期限を先延ばしして定める(期限の許与と言います)ことができるという制度がもうけられています。
遺留分の請求を受けた者が、すぐにはお金を用意できないといった場合に、裁判所に支払期限を先に延ばすよう求めて申立てを行うことができるのです。
裁判所が期限の許与を認めるのが妥当だと判断して、たとえば「令和5年4月1日が到来したときは1000万円を支払え」として支払期限を令和5年4月1日とする判断を示した場合は、令和5年4月1日までに1000万円を用意すればよく、それまでは支払期限に遅れたことにはならないので、遅延損害金を支払わされることもありません。
期限の許与については、条文上は、「相当の期限」を許与することができるとあるだけで、判断基準や期間の目安などは裁判所の裁量に委ねられています。
一般的には、受遺者の資力や遺贈された不動産などの財産を売却するなどして資金を調達するために必要となる期間などが考慮されると説明されていますが、相続はそれこそケースバイケースで、事案ごとに様々な事情が個別的に判断されていくことになるでしょう。
私も現在、期限の許与の申立てを検討しなければならない案件のご相談を受けており、申立てをしたときは、機会があれば結果をご報告したいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。