相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
配偶者居住権をご存知ですか?令和2年4月1日配偶者居住権についての改正法施行!
新型コロナウイルスの感染拡大は、なかなか治まらず、ほとんどのイベントやスポーツ大会が自粛を強いられています。新型コロナウイルスの感染防止を理由にして、裁判所から裁判期日の延期の連絡がくるケースもでてきており、裁判実務への影響もじわじわと広がっています。
さて、今回は、配偶者居住権についてお話します。
配偶者居住権とは、配偶者のどちらか一方が亡くなった場合に、残された配偶者が、亡くなった配偶者と一緒に住んでいた家に、亡くなるまで居住し続けることを認めた権利です。
今回の民法相続法の改正法は、昨年の7月1日に施行されましたが、この配偶者居住権についての改正法の施行日は、令和2年4月1日とされていました。
このため、いよいよ来月の1日以降に亡くなられた方の相続について、配偶者居住権の規定が適用されることになります。
配偶者居住権は、次の3つの条件を満たす場合に、成立します。
1 配偶者が、相続開始時に、遺産である建物に居住していたこと
2 その建物が、被相続人の単独所有か、被相続人と配偶者との共有であること
3 その建物について、配偶者に配偶者居住権を取得させるという内容の遺産分割、遺言又は死因贈与契約がなされたこと
上記の1から3について、少し補足しましょう。
1 配偶者が、相続開始時に、遺産である建物に居住していたこと
ここに「配偶者」というのは、被相続人と法律上の婚姻をしていることが必要であり、内縁の妻又は夫は含まれません。
また、「居住していたこと」とは、配偶者がその建物を生活の本拠としていたという意味です。配偶者が、居住していた自宅に家財道具を置いたまま、一時的に病院への入院や施設への入居をしていたとしても、「居住していたこと」という条件を満たすとされています。
2 その建物が、被相続人の単独所有か、被相続人と配偶者との共有であること
その建物について、被相続人と配偶者以外の第三者が共有持分を有しているときは、配偶者居住権は成立しません。これは、共有持分をもつ第三者の権利を不当に制限しないようにするためです。
3 その建物について、配偶者に配偶者居住権を取得させるという内容の遺産分割、遺言又は死因贈与がなされたこと
遺産分割は、家庭裁判所の関与しない相続人間の協議によるもの、家庭裁判所における調停によるもの及び家庭裁判所での審判によるもののいずれでも構いません。
ただ、家庭裁判所が配偶者に配偶者居住権を取得させる審判ができるのは、次のいずれかの場合に限られます。
(1) 相続人間で、配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
(2) 配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき。
遺贈による場合とは、被相続人の遺言に配偶者に配偶者居住権を遺贈すると記載されている場合です。また、死因贈与による場合とは、被相続人が、配偶者に対し、自分が死んだら自宅の居住権を配偶者に贈与するという契約をしていた場合です。
では、なぜ、配偶者居住権という制度ができたのでしょうか。
その理由を具体例で考えてみましょう。
例えば、夫と妻が、夫所有の土地建物(以下、「自宅土地建物」といいます。)で同居していたところ、夫が亡くなった場合を考えてみます。
夫の遺産は、自宅土地建物(評価額3,000万円)と預貯金1,000万円であり、相続人は、妻、長男及び長女の3人とします(なお、生前贈与はないものとします。)。
上記のケースでは、夫の遺言書がなければ妻、長男及び長女の3人で遺産分割をすることになりますが、妻の法定相続分は2分の1ですから、金額で見ると2,000万円分しかありません。
しかし、この金額では、自宅土地建物を単独で相続するには1,000万円足りませんので、この1,000万円は、お金で清算するしかありません。具体的には、妻が、長男及び長女に対して、それぞれ500万円を支払わなければなりません。妻にこのお金がない場合は、妻が自宅土地建物を単独で取得することはできません。
この場合、自宅土地建物を売ってお金で分けるしか方法はありませんが、そうなると、妻は、住み慣れた家から出ていかなければならなくなります。
もちろん、妻に1,000万円の資金がある場合は、長男及び長女に対して、それぞれに500万円支払って自宅土地建物を単独で取得できますが、そうすると、妻の老後資金が不足する恐れがあります。
そこで、上記のような事態を避けるために、今回の相続法の改正法では、新しく配偶者居住権を創設したのです。
このコラムを読まれている方の中には、「実の母親を、家から追い出す子供なんているか?家は、子供が相続して、母親をそのまま住ませてやればいいじゃないか。」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、相続事件では、たとえ親子であっても、上記のようなケースは、しばしば見かけられます。親との仲が悪い、息子が家を相続しても、親が死ぬまでその家に居座ると、息子が先に死んでしまうかもしれない、母親は、実の親ではなく、後妻であるなど、いろいろな理由から、こうした事態が起きるのです。
さて、この配偶者居住権によって、夫婦のどちらか一方が亡くなった場合に、残された配偶者は、住み慣れた家に住み続けることができるようになりました。しかし、まだまだ安心はできません。
配偶者居住権が認められた場合、自宅建物の所有権は他の相続人が取得し、その自宅建物に、残された配偶者が住み続けることになります。
しかし、この残された配偶者は、当然高齢ですから、いずれは一人では暮らせなくなり、介護付老人ホーム等の施設に入ることが多いでしょう。
この場合、居住していた配偶者が、施設への入居資金を作るために自宅建物を売りたいと思っても、所有者は自分ではないので、売ることができません。
また、配偶者居住権だけを売ろうとしても、配偶者居住権は譲渡禁止ですので、売ることができません。さらに、自宅建物を第三者に貸して賃料収入を得ることも、所有者である他の相続人の承諾がなければできません。
遺産分割によって配偶者居住権を取得したとしても、後になって、「こんなことなら、無理してでも、自宅を単独所有にしておけばよかった。」と後悔するかもしれません。
残された配偶者としては、よく考えて決めるべきでしょう。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。