相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
架空の特別受益?!遺留分侵害額を減らす方法
何日か前のことですが、あとちょっとで自宅というところでゲリラ豪雨に遭遇してしまい、僅か5分歩いている間にびしょ濡れになってしまいました。稲光が何度も見え、ほぼ同時に強烈な雷鳴が続いたので、近くに落ちるのではないかと恐怖でした。雷が怖くて、道沿いの壁に張り付くように歩いたので、端から見ると滑稽であったかも知れません。
さて、今回は、面白い(と言っては不謹慎ですが、)相談があったので、ご紹介したいと思います。
相談者は、都内に住む専業主婦のAさんです。
Aさんのお父様は10年前になくなっており、お母様は、Aさんの妹夫婦と同居していましたが、5か月ほど前に亡くなったということでした。なお、Aさんの妹のご主人は、お母様の養子となっています。
Aさんは、お母様の相続について、妹夫婦から何か連絡があるだろうと思って待っていましたが、何も連絡がないので、どうしたらよいかという相談でした。
Aさんによると、お母様の遺産は、妹夫婦と同居していた自宅の土地及び建物と預貯金ということだったので、とりあえず相談中に、自宅の土地及び建物の登記情報をダウンロードしてみました。すると、既に相続を原因として妹に所有権を移転する登記がされていました。
遺産が不動産の場合、遺言がなければ、原則として相続人間の遺産分割により取得者が決まらなければ、相続を原因とする所有権移転登記はできません。
また、遺言があっても、自筆証書遺言の場合は、家庭裁判所で検認の手続きを経なければ、その遺言書を使って相続を原因とする所有権移転登記をすることはできません。この検認の手続きでは、法定相続人全員を家庭裁判所に呼び出しますので、検認の手続きが法定相続人の知らないうちに終わっているということはありません。
これに対して、公正証書遺言である場合は、検認の手続きは不要であり、その遺言書を使って相続を原因とする所有権移転登記をすることができます。
こうしたことからすると、お母様が、自宅土地及び建物を妹に取得させる内容の公正証書遺言をしていたことは明らかでした。
Aさんは、ちょっとショックを受けたようでしたが、気を取り直して、私に妹夫婦との遺産分割又は遺留分の交渉を依頼されました。
依頼を受けた私は、早速、妹夫婦宛てに、お母様の相続についてAさんの代理人となったことを知らせる通知を送り、お母様の遺言書と遺産の目録を開示するように求めました。
数日後、妹夫婦から、遺言公正証書と遺産の目録が送られてきましたが、その内容は、案の定、全ての遺産を妹に相続させるというものでした。
ここまでは、ごく普通のよくある話ですが、送られてきた遺言公正証書には、「長女Aには、同人が自宅土地及び建物を購入した際に、購入資金として1000万円を贈与しました。」と付記されていました。
Aさんに、「この贈与は本当にあったのですか。」と聞くと、Aさんは、「こんなお金はもらっていません。自宅の購入資金は、主人が住宅ローンを借りて、全額支払いました。」と答えました。
後日、Aさんから資料を見せてもらったところ、確かに、売買代金は全額住宅ローンで支払われており、購入時の諸費用も、ご主人の預金から支払われていました。
Aさんが嘘を言っているとは思えないので、お母様の遺言公正証書にあった「長女Aには、同人が自宅土地及び建物を購入した際に、購入資金として1000万円を贈与しました。」という記載は、事実ではないのかも知れません。そうだとすると、お母様は、なぜ敢えて事実に反する記載をしたのでしょうか。
実は、お母様の遺言公正証書にあった「長女Aには、同人が自宅土地及び建物を購入した際に、購入資金として1000万円を贈与しました。」という記載は、Aさんの遺留分減殺請求を封じる意味がありました。
民法は、「遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する」と定めています。
また、上記の「贈与した財産」とは、次の3つのものです(詳しくはQ&A参照「遺留分を算定するための基礎となる財産の額については、どのように定められていますか?」「遺留分算定の基礎となる財産に算入される贈与には、どのようなものがありますか?」)。
①相続開始前1年間にされた贈与
相続開始の1年以内にされた贈与は無条件に算入されます。
②遺留分権利者に損害を加えることを知ってなされた贈与
相続の1年前よりもっと以前にされたものであっても、当事者双方が遺留分権利者 に損害を加えることを知って贈与したときは遺留分算定の基礎財産に組み込まれます。
③特別受益としての贈与
共同相続人への特別受益となる生前贈与は、贈与の時期を問わず無条件に算入され ます。
Aさんのお母さんの遺産は、自宅の土地及び建物と預貯金ということですが、自宅及び建物の評価額は、基準地価から見ると約4000万円、また、お母様の預貯金の合計額は、約1000万円でした。
Aさんのお母さんには、特に債務はなく、また、預貯金の取引記録を10年分取り寄せて調べても、大きな預金の払い戻しはないので、上記の①や②に該当する贈与はないようでした。一方、Aさんが贈与を受けたとする1000万円は、上記の③に該当します。
従って、遺留分を計算する基礎となる財産の額は、自宅及び建物の評価額の約4000万円、お母様の預貯金の合計額の約1000万円及びAさんが贈与を受けたとされる1000万円を合計した6000万円になります。そして、Aさんの遺留分の割合は、遺産の6分の1ですので、Aさんの遺留分の額は、上記の6000万円の6分の1の1000万円になります。
このように、Aさんの遺留分額は1000万円ですが、Aさんは既に1000万円の贈与を受けていますので、遺留分に相当する贈与を受けています。従って、Aさんは、お母様の公正証書遺言によって遺留分を侵害されていないので、この遺言で財産を全て相続した妹に対して、何の請求できません。
Aさんとしては、お母様から1000万円の贈与を受けたことはないので、それを前提として遺留分侵害はないなどと言う結論には納得できません。
当然、Aさんは、妹に対して遺留分減殺請求をして、侵害された遺留分の請求をすることになります。
これに対して、妹がAさんの請求に応じなければ、訴訟を提起することになります。
遺言公正証書には、「長女Aには、同人が自宅土地及び建物を購入した際に、購入資金として1000万円を贈与しました。」と付記されています。しかし、それを裏付ける資料は何もありません。それどころか、Aさんの住宅購入資金の出所は、ローンとご主人の預貯金であることは、客観的資料から明らかです。
こんなとき、裁判官は、どんな判断をするのでしょうか。
この事件の結末については、後日また取り上げたいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。