相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
父親が誘拐された!?親の取り合いに発展する相続の前哨戦
10月に入って雨の日が続いており、なかなか天気のいい日がありません。今週末はゴルフに行く予定なので、秋晴れを期待しましたが、残念ながら今週末もまた雨のようです。
さて、今回は、9月のコラム(被相続人の生前に引き出された預金の取り扱い)に続いて、被相続人の生前に引き出された預金の取り扱いについて書こうと思いましたが、ちょっと興味深い相談がありましたので、9月のコラムの続きはまたの機会にして、この相談について書きたいと思います。
1ヶ月ほど前、中年の男性の相談者(Aさん)から、「先生、父が誘拐されました。」という物騒な相談を受けました。
「おっ、刑事事件か?」と思ってよく話を聞いてみると、弟が父親を自宅から連れ去ったという相談でした。
Aさんの両親は、東京都内の一戸建てに2人だけで住んでおり、毎週末にAさんが両親の家を訪ねて、いろいろと面倒を見ていました。Aさんの弟Bさんは、父親と折り合いが悪く、両親とはほとんど会っていませんでした。
ところが、数日前に、Bさんが自分の息子を連れて両親の家を訪れ、突然父親を連れて行ってしまったのです。その後、父親の所在は分からず、Bさんとも連絡が取れないそうです。
Aさんは、警察に相談したそうですが、警察は、連れ去ったのが実の息子のBさんであることから、あまり積極的に事件として取り扱ってくれないということでした。
一般的に、警察は、このようなケースについて、登場人物が全て親族であることから、親の財産をめぐる民事事件と見て、連れ去る際に暴力を振るったなどの事情がない限り、積極的には動いてくれません。
仮に、Bさんと連絡が取れたとしても、Bさんから、「父親が病気だったので病院に入れた。」とか、「父親の介護が必要なので施設に入れた。」と言われてしまえば、警察としては、何もできません。
それどころか、逆に、Bさんから、「親を助けただけなのに、何で警察が介入してくるんだ。」とクレームを言われるかもしれません。
案の定、連れ去られてから数日後に、Bさんの弁護士からAさんと母親宛に、父親が以前から体調が悪く病院に入れるべきであったのに、Aさんと母親が放置したので、Bさんが、止むに止まれず父親を保護し、病院に入れたという内容の書面が届きました。
さらに、その書面には、「父親を病院に入れるべきであったのに放置したAさんと母親の行為は、虐待にあたり、そのようなことをしたAさんと母親は、今後も何をするか分からないので、父親の居場所は教えられない。父親も会いたくないと言っている。」という趣旨のことが書いてあり、父親の居場所や状況は、教えてもらえませんでした。
しかし、Aさんの父親は、入院しなければならないような病気ではなかったそうです。父親は、連れ去られる数日前にかかりつけの病院にも行っており、父親の風邪気味で食欲ないという訴えに対し、薬を処方してくれただけだったそうです。本当に、父親が入院の必要がある状況であれば、そのときに入院の話になっていたはずです。
では、Bさんは、何の目的で、こんなことをしたのでしょうか。
それは、父親に遺言を書かせるためです。この父親は、相当な資産家で、アパートやマンションを何棟も持っており、当然毎月多額の家賃収入がありますので、預貯金も沢山ありました。
Bさんは、父親と折り合いが悪く、父親に会ってもらえませんでした。恐らく、Bさんは、父親が遺言書を書いており、遺産は全て母親とAさんに相続させることになっていると思い、父親にBさんが遺産を沢山もらえるような遺言書を書かせるために、父親を連れ去ったのだと思います。確かに父親は遺言書を書いており、その内容も遺産は全て母親とAさんに相続させるというものでした。
しかし、ここで皆さんは、疑問を持つはずです。「そんな父親なら、連れ去ってもBさんに都合の良い遺言書など書かないから、意味がないのではないか」と。
確かに、父親が普通の状態ならそのとおりですが、父親は、認知症が始まっており、判断能力や記憶力がかなり低下やしている状態ということでした。
このような状態だからこそ、Bさんは、父親を簡単に連れ去ることができたのだと思います。
また、このような状態の父親は、Bさんが時間をかけて世話をしたり、自分に都合のいいことばかり話し続けたりすれば、いつの間にかBさんの言いなりになってしまうかもしれません。
Bさんは、父親を連れ去り、居場所さえ教えていません。恐らく、どこかの有料老人ホームに入れて、毎日のように会いに行っているのではないでしょうか。父親を洗脳(?)する時間はたっぷりあります。誰にも邪魔されません。
また、ここで、皆さんは、父親の判断能力や記憶力が低下しているなら、遺言を書いても無効なのではないかという疑問を持つかもしれません。
恐らくBさんは、父親がBさんに都合のいい遺言をしてくれる気持ちになったところで、公証人を呼び、公正証書遺言を作成させるでしょう。
公正証書遺言の場合、公証人は、ある程度遺言者の判断力や記憶力が低下していても、遺言書の作成を認めます。そもそも、民法では、遺言をする能力は、一般的な取引をするときに要求される能力よりも低くても良いことになっています。また、遺言書を書くのは、ほとんど高齢者であり、多かれ少なかれ認知症の症状があることがあるので、認知症によって遺言者の判断力や記憶力が低下していても、それだけで遺言書の作成を認めないとすると、多くの人が遺言をできなくなってしまい、遺言を作りたいという高齢者の気持ちを尊重できなくなってしまいます。
このような場合、Aさんに対抗策はないのでしょうか。
まず、考えられるのは、父親について成年後見開始の申し立てをすることです。
しかし、この申立てをするには、父親の精神能力についての診断書が必要です。一般的には、たとえ父親のかかりつけの病院の医師であっても、本人を改めて診察しないと、診断書を書いてくれません。また、例え息子や奥さんでも、本人の同意もなく、診断書など渡せないと言われることもあります。
仮に診断書が手に入ったとしても、その内容が、後見を開始する必要があるほど認知症が進んでいるというものでなければ、成年後見開始の申し立てをすることはできません。
その他の方法としては、家庭裁判所に、父親の介護に関する話し合いを求めて、調停の申し立てをすることが考えられますが、Bさん側が調停に応じなければ、解決になりません。
こんな親の連れ去り事件は、沢山あるのかといえば、最近は結構あります。今も、連れ去られた側の依頼を2件受けています。
たまに、Bさんと同じように、自分に有利な遺言書を作りたいという相談を受けることがあり、私も冗談で、「連れ去っちゃいましょうか。」と言ったりしますが、相談者は、「そんなことして、いいんですか。」と驚きます。それが、普通の感覚だと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。