相続の法律制度(民法と相続税法の相続財産を巡る取扱の違い等)について、弁護士が解説したアドバイスです。
贈与があったのはいつ?被相続人が保険料を支払った相続人の年金保険
先日、私が、事務所のあるビルの1階で、「昇り」のエレベーターを待っていると、なかなかエレベーターが来なかったため、7人から8人が、同じエレベーターを待っている状態になりました。
やっとエレベーターが来て扉が開いた途端、ある老夫婦が、待っていた人の隙間をスルスルッと通って前に出て、エレベーターに乗り込もうとしました。
ところが、その2人は、エレベーターに乗り込まず、「これは昇りだ」といいながら、エレベーターの乗り口の前に立ち往生し、乗り口を塞いでしまいました(多分、「降り」に乗りたかったのでしょう)。
結局、その老夫婦がエレベーターの乗り口に立ち往生している間に、エレベーターの扉が閉まってしまい、待っていた人たちは、エレベーターに乗ることができませんでした。
しかし、待っていた人たちは、誰も表情を変えず、その中の1人がもう一度「昇り」のボタンを押し、淡々と次のエレベーターを待っていました。
「みんな、高齢化社会の心構えが出来ているなぁ」と思った瞬間でした(私も、高齢者のはしくれですが)。
さて、今回は、贈与のあった時期が争いとなっているケースについてのお話です。
私の担当している事件で、こんな事件がありました。
私の依頼者のAさん(男性)のお母様が今年の2月に亡くなり、相続が開始しました。相続人は、Aさんと妹のBの2人です(お父様は、既に亡くなっています)。
Aさんのお母様は、公正証書遺言を作っており、その公正証書遺言には、全ての遺産を、同居していた妹のBに相続させると記載されていました。
このため、私がAさんの依頼を受けて、Bに対して1500万円の遺留分侵害請求をしました。
この遺留分侵害額請求に対して、Bの弁護士から回答があり、Aさんは、お母様から800万円の保険料を支払ってもらい、65歳になると毎年50万円を18回もらえる一時払い年金保険に加入しており、これによって900万円(50万円×18回)の贈与を得ていることになるので、その金額が遺留分侵害額から差し引かれるという反論を受けました。
Aさんに聞いてみると、確かにAさんは、Bの弁護士から回答どおりの年金保険に加入しており、既に50万円の年金を3回受け取っていました。
しかも、この年金保険契約は、お母様がAさんの名義で行っており、Aさんは、契約後に、保険証書を受け取ったということでした。
それだけであれば、特に問題なかったのですが、実は、Aさんのお母様が年金保険契約を締結して800万円の一時払い保険料を支払ったのは、15年以上前だったのです。
皆さんもご存知のとおり、令和元年7月1日に施行された相続に関する民法の改正法で、遺留分の計算の基礎となる財産に加えることができる贈与は、原則として相続開始から過去10年以内のものに限られることになりました。
このため、この改正法が施行された後に発生した相続では、遺留分の計算の基礎となる贈与がいつ行われたかが非常に重要になってきますが、Aさんのケースでは、少なくとも2つの考え方が成り立ちます。
一つは、Aさんのお母様が年金保険契約を締結して800万円の一時払い保険料を支払ったときに贈与を受けたという考え方です。
この考え方によると、Aさんが贈与を受けたのは、15年以上前ですから、Aさんが受けた贈与は、遺留分の計算の基礎となる財産に加えることはできません。
もう一つは、Aさんが65歳になって、年金を受け取る権利を取得したときに贈与を受けたという考え方です。
この考え方によると、Aさんが贈与を受けたのは、65歳になった3年前ですから、Aさんが受けた贈与は、遺留分の計算の基礎となる財産に加えることができ、Bの弁護士の主張が認められることになります。
一体、どちらの考え方が正しいのか、あるいは、この2つの考え方以外に、別の考え方があるのか。
一応、判例検索システムで裁判例を調べてみましたが、直接当てはまる事案は、見つかりませんでした。
よく考えてみれば、既に述べましたように、遺留分の計算の基礎となる財産に加えることができる贈与が原則として相続開始から過去10年以内のものに限られることになったのは、令和元年7月1日以後に相続が開始したケースですから、まだ5年しか経過していません。
従って、裁判例自体がないのかもしれませんし、あったとしても、まだ判例検索システムに搭載されていないのかもしれません。
Aさんの事件が、話し合いで解決できれば、この問題についての結論は出ませんが、話し合いで解決できない場合は訴訟となります。
Aさんの事件で裁判所の判断が出た場合、あるいはAさんの事件ではなくても他の事件の裁判例を見つけた場合は、またこのコラムでご紹介することにしたいと思います。
大谷 郁夫Ikuo Otani・鷲尾 誠Makoto Washio弁護士
銀座第一法律事務所 http://www.ginza-1-lo.jp/
平成3年弁護士登録 東京弁護士会所属
趣味は読書と野球です。週末は、少年野球チームのコーチをしています。 仕事では、依頼者の言葉にきちんと耳を傾けること、依頼者にわかりやすく説明すること、弁護士費用を明確にすること、依頼者に適切に報告することを心がけています。
鷲尾 誠
平成4年弁護士登録 第二東京弁護士会所属
昨年から休日の時間がとれたときに自転車に乗っています。行動範囲が広がり、自然や店などいろいろな発見があります。仕事のうえでもますます視野を広げ、皆さまのお役に立つよう心がけたいと思っています。