

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
建物を法人、土地を個人で所有している戸建付き土地の売買の契約不適合責任の免責特約
Q
私は、先日亡くなった父から、東京都郊外にある戸建の建物とその敷地となっている土地を相続したものです。
厳密に申しますと、この土地と建物の権利関係は少々複雑になっています。
戸建の敷地になっている土地は、登記を見ても間違いなく父個人の名義になっているのですが、「上物(うわもの)」である戸建の建物は、登記を見ると、父がその株式の全てを保有していた株式会社A(以下「A社」といいます)の名義になっていました。
父が何故このようなことをしたのか私には分かりませんが、A社から父宛てには、毎月土地の地代として幾らかのお金が支払われていました。
いずれにせよ、私は、父の相続に当たり、この土地とA社の株式を引き継ぎましたので、この土地建物は、私が相続したと言ってよいと思います。
私は、既に自宅を所有していますので、この土地建物を持っていても管理が大変なだけと考え、売却することにしました。
土地の相続登記とA社の代表取締役を私に変える登記を進めるのと並行して、仲介業者さんに売却先を探してもらったところ、ある個人の方が、戸建の建物をそのまま自宅に利用することを前提に購入したいと名乗り出てくれました(以下、この個人の方を「買主さん」といいます)。
私は、現在、仲介業者さんを通じて、買主さんとの間で、この土地建物の売却について条件を詰めているところなのですが、この土地建物について父から引き継いだだけで詳しいことは全く知りませんので、後で雨漏りやシロアリの被害などを言われても困ります。
そこで、私は、土地についても、建物についても、売主としての契約不適合責任を免責にしてほしいと考えているのですが、可能でしょうか。
A
1.契約不適合責任とは
既にこのコラムで何回か取り上げさせていただきましたが、売買契約によって売主から買主に引き渡された不動産に、「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」(以下、これらの契約の内容に適合しないものを「契約不適合」といいます)が存した場合、買主は、売主に対して、その契約不適合の修補、その契約不適合に対応した代金の減額、売買契約の解除、その契約不適合によって被った損害の賠償の請求ができることとされています。これらの買主に対する売主の責任が、契約不適合責任といわれます(なお、この「契約不適合責任」の詳細は、2020年3月号のコラムをご参照ください)。
ご相談のケースでは、買主の方は、自宅として利用する目的で土地と建物を購入される予定とのことですから、仮に、引渡後に雨漏りやシロアリ被害の存在が判明した場合、売主であるご相談者様とA社様が契約不適合責任を負う可能性は十分にあるかと思われます。
そのため、ご相談者様の、契約不適合責任を負わないこととされたいとの動機は、もっともかと存じます。
2.契約不適合責任免責特約の制限
⑴ 消費者契約法による制限
他方で、買主の方が個人、かつ自宅として利用する目的で購入されるとなりますと、契約不適合責任を免責とすることができるとは当然にはいえません。
すなわち、2020年4月号のコラムで申しましたとおり、消費者契約法という法律では、売主が同法の「事業者」、買主が同法の「消費者」であるとされると、売主に有利な特約が制限されてしまうことがあります。
具体的には、売主の契約不適合責任のうち、損害賠償責任の全部又は一部を免除する特約は、売主に対して修補等履行の追完又は代金減額の請求ができるとされている場合を除き、無効とされてしまいます(消費者契約法8条1項1号、2号、2項)。
そのため、消費者契約法では、売主が「事業者」、買主が「消費者」となる売買契約では、売主が契約不適合責任を全く負わないとする特約は、無効とされてしまいます。
⑵ 建物について
消費者契約法にて、「事業者」とは、「法人その他の団体」及び「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」をいうとされ、「消費者」とは、「個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く)」をいうとされています(消費者契約法2条1項及び2項)。
ご相談のケースでは、買主の方は個人であり、かつ自宅として利用する目的でこの土地建物を購入されるわけですから、事業目的で売買契約を結ぶとはいえません。そのため、買主の方は、消費者契約法上、「消費者」に当たると思われます。
一方で、建物の売主であるA社様は、株式会社という法人ですから、消費者契約法上、「事業者」に該当するといわざるを得ません。
そのため、建物に関する売買契約については、売主であるA社様は「事業者」、買主は「消費者」となりますから、契約不適合責任を免責とする特約は、消費者契約法上、無効とされてしまい、設けることができないと解されます。
⑶ 土地について
次に土地に関する売買契約について検討いたします。
土地の売主であるご相談者様は、土地をA社様に賃貸されていて、現在も賃料収入を得ているとして、賃貸事業を営む「事業者」であるようにも思われます。
しかしながら、2020年4月号のコラムで申しましたとおり、いわゆるフリーランスの方や個人商店を経営している個人の方が直ちに「事業者」として扱われるわけではなく、「事業者」に該当するか否かは、消費者と事業者との間の情報の質及び量や交渉力の格差を是正するという消費者契約法の目的に照らして個別に判断されるべきと解されています。
ご相談のケースでは、ご相談者様は、相続により土地の所有権を引き継いだだけであり、かつ、借主であるA社様もご相談者様がその株式の全てを保有されているオーナー会社ですから、他に不動産賃貸業を営まれているのであればともかく、そうでない限り、この一事のみをもって、ご相談者様を買主の方との関係で「事業者」であると見るとは、難しいのではないかと考えます。
そのため、土地に関する売買契約については、売主であるご相談者様が「事業者」とされる可能性は低く、契約不適合責任を免責とする特約が有効と認められる可能性は十分に存すると解されます。
3.まとめ
以上をまとめますと、少なくとも建物につきましては、A社様が売主である以上、消費者契約法に照らすと、買主の方との関係では、契約不適合責任を免責とする特約を設けることは難しいと考えます。
そのため、ご相談者様としては、契約不適合責任の免責をなお必要とされるかに応じて、例えば以下のようなご対応が必要になると思われます。
① 建物についても契約不適合責任の免責特約がやはり必要とご判断される場合
現在進んでいる売却のお話は断念し、消費者契約法上の「事業者」に該当する法人(宅地建物取引業者以外でも構いません)や事業目的でこの土地建物を購入される個人の方への売却をご検討いただく。
② 建物について契約不適合責任の免責特約を断念される場合
建物について、契約を結ばれるまでにできる限り考えられるリスクを調査し、そのリスクを買主の方に説明し、容認した上でこの建物を買い受けていただく(契約書に明記すべきです。また、土地についても、万一に備え、同様の措置は行われた方が良いかと存じます)。
②について補足いたしますと、②の対応策は、契約不適合責任とは、「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」に関する責任のため、あらかじめ品質等について買主の方に説明、それを容認していただくことで、「契約の内容」としてしまうものです。一例を挙げますと、「浴室の南西の角から雨漏りがする物件です」と事前に売主から説明がなされ、買主がそれを容認していた場合、そもそも「「浴室の南西の角から雨漏りがする物件」を売買する契約」が「契約の内容」になっているわけですから、実際に浴室の南西の角から雨漏りがしたとしても、(予測不可能なほどの酷いものでない限り)その雨漏りは「契約の内容」のとおりのことですので、「適合しないもの」とはいえなくなるわけです。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。