不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
境界標の調査
Q
私は、実家の土地建物を相続しました。ただ、私は実家と別の家を既に所有しているため、実家に住むことはありません。そこで、実家を売却したいと考えています。
実家の売却につき不動産売買の仲介業者に相談したところ、実家を売却するに際しては、隣地との境界を明らかにする必要があるとのことでした。私は、隣地との境界付近の実家側敷地内の地表や掘り返した地中を調べてみましたが、そこに境界標は見当たりませんでした。隣地との境界にはブロック塀があります。そのブロック塀は、昔、親と隣地所有者が資金を出し合って立て、共有していたもののようです。境界標はそのブロック塀の隣地側にあるかもしれませんし、そのブロック塀の下にあるかもしれません。土地家屋調査士に相談してみたところ、境界標の位置を確認するためには、隣地に立ち入ったり、隣地の境界付近を掘り返したり、ブロック塀の下のところをうっすらと削ってみる必要があるとのことでした。ところが、親と隣地所有者とは関係性が悪かったのか、隣地敷地内において境界標を調査することにつき隣地所有者の協力を得られません。
境界を明らかにして実家を売却することは諦めるしかないのでしょうか。
A
1 何が問題か
2021年改正前の民法には、境界標の調査等のために隣地を使用することができる旨の定めはありませんでした。隣地を使用することができる旨の定めがあったのは、境界付近において建物等を築造・修繕する場合のみでした。境界付近において建物等を築造・修繕する場合以外の工事等(本件のように境界標の調査等を含みます。)の場合に隣地を使用できるかについては明らかでありませんでした。そのため、土地の利用が制限されているという問題がありました。
そこで、2021年改正民法では、類型的に隣地を使用する必要性が高いと考えられる所定の目的のために隣地を使用できる旨の規定が設けられました。本件のように、境界標の調査を目的として必要な範囲内で隣地を使用することができる(隣地使用権)ことが明らかになりました(民法209条1項2号)。
本件では、境界標の調査を目的として、隣地に立ち入ったり、隣地の境界付近を掘り返したり、隣地所有者と共有している境界付近の塀の一部を削ったりすることが「隣地の使用」として認められるかが問題となります。
2 「隣地の使用」とは
「隣地の使用」には、一般に、隣地への立入りだけでなく、足場を組むことや材料を一時的に置くなどの態様も含まれるとされています。また、容易に原状回復できる程度であれば、必要な範囲内で穴を掘るなどの隣地の形状を変更することも許されると解されています。
それでは、「隣地の使用」として、隣地所有者と共有している境界付近の塀の一部を削ることまでできるのでしょうか。この点、2021年民法改正時の法制審議会において、構造物の基礎部分を削ったりするなどの行為については、パブリックコメントで、隣地に重大な影響を与えるという理由で反対する意見もあり、そのような行為につき隣地所有者等に承諾を義務付けることは隣地所有者等に過度な負担となるため妥当でないとの見解が示されています。隣地所有者と共有している境界付近の塀の一部を削ることは、よほど強い必要性がない限り「隣地の使用」に含まれるとは解し難いでしょう。
3 「隣地の使用」の実現方法
隣地を使用する者は、あらかじめ、その目的、日時、場所及び方法を隣地の所有者及び隣地使用者に通知しなければなりません(民法209条3項本文)。
隣地所有者に上記通知をしたところ、本件のように、隣地所有者の協力を得られないことになった場合でも、上記のとおり、隣地に立ち入ったり、隣地の境界付近を掘り返したりすることは「隣地の使用」に含まれるとして、隣地所有者の同意を得ることなくこれらの行為を行っても良いのでしょうか。
一般的に、権利がある場合であっても、相手の権利を侵害して自己の権利を実現することは禁止されています(自力救済禁止の原則)。この点は隣地使用権の場合でも変わりません。
そのため、隣地に立ち入ったり、隣地の境界付近を掘り返したりすることにつき隣地所有者の協力を得られない場合は、隣地使用権の確認を求めて裁判手続をとらざるを得ないです。
4 おわりに
境界問題は不動産売買において問題となる典型例です。境界標の調査のための隣地使用権が認められたのは、2021年民法改正時であるため、隣地使用権による境界標の調査に関する実務の蓄積がまだ乏しいですが、隣地使用権をうまく活用できる専門家と協同することで、境界問題を解決できるかもしれません。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。