不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(2)
Q
本コラム2019年3月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(1)」によると、賃貸人が賃貸借契約を解約(更新拒絶)するには「正当事由」が必要であり、正当事由が認められるには「立退料」の提供が求められることが多いとのことでした。
この「立退料」はどのように算定されるのでしょうか。
A
1 はじめに
近時、首都圏において、老朽化した収益建物再築の必要性、再開発適地の不足等が相まって、既存の収益建物につき、賃貸人が賃貸借契約を解約して賃借人に退去してもらい、収益建物を建て替える需要が高まっています。
Qにあるとおり、賃貸人が賃貸借契約を解約(更新拒絶)するには「正当事由」が必要であり、正当事由が認められるには「立退料」の提供が求められることが多いのですが、「立退料」について明確な算定基準があるわけではありません。
「立退料」の算定方法は、「立退料」を裁判外の交渉により決める場合と、裁判により決める場合とでも異なり得ます。
「立退料」を裁判外の交渉により決める場合、誰が交渉を行うのか(賃貸人や賃借人本人か、管理会社や仲介会社か、代理人弁護士か。なお、管理会社や仲介会社が交渉を行う場合、弁護士法上の問題が生じ得ます。)、賃貸人側に立退料に充てられる予算がいくらあるか、賃借人側がどの程度の金額を要求するかにもよります。代理人弁護士が交渉する場合でも、裁判における算定基準に準拠する場合とそうでない場合があります。
「立退料」を裁判により決める場合、「立退料」は、従来、賃料の何か月分、借家権価格、賃借人が被る損害額等、様々な基準により算定されていました。
そのため、「立退料」の額は、事案や主張する人によって差異が大きく、「立退料」がない場合もあれば、バブルのころには数億円の場合というのも珍しくありませんでした。
もっとも、近時、以下のとおり、裁判における基準はおおむね確立しつつあります。
2 裁判における「立退料」の算定基準
近時の裁判では、居住用の収益建物と営業用の収益建物に区別し、営業用の収益建物につき、「用地対策連絡会」(現中央用地対策連絡協議会)が策定した「公共用地の取得に伴う損失補償基準」「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」「公共用地の取得に伴う損失補償基準細則」(「用対連基準」と言われることが多いです。)に基づいて「立退料」を算定しているものが多くなっています。
用対連基準は、元々、公共事業により特定人の財産に直接的に加えられた財産上の損失を補填する仕組みで、都市再開発法に基づく大規模再開発や土地区画整理法に基づく土地区画整理事業等においても用いられていますが、近時、上記のとおり、裁判における「立退料」の算定基準としても用いられることが多くなっています。
用対連基準において補償されるのは通常生じる損失であり(「通損補償」と言われます。)、賃借人に補償される項目は以下のとおりです。
①借家人補償(家賃差額、一時金(礼金、敷引等))
②工作物補償
③動産移転料
④移転雑費(仲介手数料、本店移転登記費、移転通知費等)
⑤営業補償(営業休止補償、得意先喪失補償)
3 最後に
「立退料」を用対連基準に基づき算定する場合であっても、金額が機械的に算定されるわけではありません。用対連基準に即した事情の抽出や裏付け資料準備の巧拙等により、金額は増減し得ます。
また、「立退料」の算定基準として裁判において用対連基準が用いられているのは、主として建物が耐震性能不足の場合です。建物の耐震性能が不足しておらず、建物の収益力を高めるだけのために賃貸借契約を解約して建物を建て替える場合においても、「立退料」が用対連基準に基づき算定した金額だけで足りるのかは、議論のあるところであり、最新のトピックです。
以上のとおり、「立退料」の算定は実務が動いているところであり、最新の実務に通暁した適切な専門家に相談するのが望ましいでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。