不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
隣人トラブルを抱えた土地建物の売却
Q
私は、10年ほど前に関東近郊に一軒家(土地建物)を購入して妻と2人の子どもとともに住んでおりました。ところが、1年ほど前から、東隣に住んでいる方との間でトラブルを抱えるようになりました。
きっかけは、大きくなった子どもたちのために私が買い与えたピアノの音でして、子どもたちは学校から帰ってきた平日の夕方や学校が休みの土日の昼に家の東端にある子供部屋でピアノを弾いていたのですが、そのたびに東隣の方から、「うるさい。」、「ピアノを弾くのを止めさせろ。」と苦情を言われるようになりました。
それ以来、東隣の方の行動はどんどんエスカレートしていき、子どもたちが家の庭で遊んでいるだけでも「子どもがうるさい。」と怒鳴り込んでくるようになり、酷い時には、洗濯物に水を掛けられることもありました。
何度か警察にも相談しましたが東隣の方の行動が止む気配はなく、私は、このままこの家に住んでいては子どもたちに危害が及んでしまうのではないかと考え、せっかく購入した土地建物ではありますが、この家を売却して、別の場所に引っ越すことを考えるようになりました。
そこで、私は、不動産会社さんにお願いして、今の家の売却先を探してもらったところ、不動産会社さんの働きのおかげで、我が家を買いたいとおっしゃる方が2名(Aさん、Bさんと言います。)見つかりました。
ところが、Aさんが内見のために我が家を訪問された際、運悪く東隣の方がいつものように我が家に対して「うるさい。」と怒鳴り声を上げてきたため、Aさんは、「お隣さんがこれでは購入は難しいですね。」と購入を断念してしまいました。
Bさんが内見をされた際には、たまたま東隣の方が留守でしたので、東隣の方が怒鳴り込んでくることもなかったのですが、私は、Bさんから、帰り際に、「後日で良いので、近隣の環境に問題があったら教えてもらえませんか。私は家族で住む予定でして、暴走族が走り回ったりしていないか、まだ小学生の子どもたちのことを思うと少し心配でして。」と質問を受けました。
私は、後日で良いと言われたので、その場では質問には回答していないのですが、おそらく不動産会社さんを通じてか、次回直接お会いした際には、Bさんから回答を求められるはずです。
私としては、Bさんが心配していることは飽くまで暴走族の話のようにも聞こえますし、ここで先ほどの東隣の方とのトラブルを話せばせっかく良い条件で我が家を購入してくれそうなBさんが購入を断念してしまうようにも思え、できることなら説明は差し控えたいのですが、正直にトラブルのことは話さなければいけないのでしょうか。
A
1.売主が買主に対して説明義務を負う場合
2020年8月号「ペット飼育禁止ルールがあるマンションの一室の売却」でもお話ししましたとおり、売主は、不動産の所有者として、その不動産に関する情報を買主(購入希望者)よりも多く有しているのだから、ありとあらゆる情報までを告知、説明する必要はないが、買主にとって重大な不利益をもたらすおそれがあり、契約を締結するかどうか決定するのに影響すると売主の目から見ても予想される情報については、買主の信頼を裏切らないよう、告知、説明しなければならないと解されています。
2.近隣トラブルの存在が契約を結ぶかどうかに影響を与えるのか
一口に近隣トラブルといっても様々なものがあり、そのすべてが契約を結ぶかどうかに影響を与えるものとは限りません。
しかしながら、ご相談のケースでは、①東隣の方は大声で苦情を言うだけではなくご相談者様のご自宅に干された洗濯物に水を掛けるなど抗議の範囲を超えた実力行使に及んでおり、警察にも相談されていること、②実際にも、Aさんは東隣の方の言動を目の当たりにして土地建物の購入を断念されているとの事情がございます。
これらの事情から致しますと、買主もご相談者様のご自宅に引っ越された後に東隣の方から同様の言動を向けられるおそれが高く、それが買主の生活に与える影響は決して小さくないと思われます。
したがいまして、ご相談者様と東隣の方との間のトラブル(実態は東隣の方のほぼ一方的な言動ですが。)の存在は、「買主にとって重大な不利益をもたらすおそれがあり、契約を締結するかどうか決定するのに影響する」事情に該当すると解されます(大阪高裁平成16年12月12日判決参照)。
3.売主の目から見ても買主にとって近隣トラブルの内容が重要だったといえるか
また、ご相談のケースで、Bさんは、売主であるご相談者様ご本人に対して、近隣の環境に問題がないかを直接質問されています。
Bさんは、暴走族を例に挙げられているものの、一緒に住む小学生の子どもたちに危害が及ぶような近隣トラブルがないかを広く確認したい趣旨であることは、Bさんの質問全体の内容から致しますと、ご相談者様の目から見ても、予想できたといえるのではないでしょうか。
以上に加えて、Aさんが購入を断念されたことをご相談者様が目の当たりにされてしまっていることからも、東隣の方との間のトラブルの存在は、「買主が契約を締結するかどうか決定するのに影響すると売主の目から見ても予想される情報」に該当するものと解されます。
したがいまして、ご相談のケースでは、ご相談者様は、Bさんに対して、東隣の方との間でトラブルを抱えていらっしゃることを説明しなければならない義務を負うものと考えます。
4.まとめ
土地建物を売却するに際しては、境界の確定や(新たな工事が必要な場合の)土地掘削の承諾など、近隣との接触、交渉が不可欠となる場合も多く存するため、近隣トラブルの存在は、土地建物の売却のハードルを上げてしまう側面があることは否定できません。
しかしながら、宅地建物取引業者であれば、どのような方を対象とすれば購入を希望する方が見つけられるか、どのような条件であれば売却交渉がまとまるかなど、売却先の探索、売却条件の交渉等に当たり様々な工夫を行うことで、そのハードルを乗り越えることができる可能性が広げられるかもしれません。
以前のご相談のケースでも申しましたとおり、不動産の売却に際しましては、仲介を依頼している宅地建物取引業者との間で、常に情報を共有、相談しながら手続を進めていくことが重要です。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。