不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
売買契約の解除と媒介報酬の支払い
Q
私は、所有する土地(以下「本件土地」といいます)を売却するため、仲介業者にお願いして、売却先を探してもらうことにしました。
この時、仲介業者との間で取り交わした媒介契約書(以下「本件媒介契約」といいます)には、「本件土地についての売買契約を締結した時に、約束した報酬(仲介手数料)のうち半分を支払い、決済時に残りを支払う」との内容が記載されていました。
本件土地は、資産価値が低く、仲介業者の方も、買い手の探索に苦労していたようです。
それでも、仲介業者の方が、なんとか買い手(以下「買主」といいます)を見つけてきてくださり、私は、買主との間で、決済日を1か月後にする内容で、本件土地の売買契約(以下「本件売買契約」といいます)を締結することができました。その際、私は、本件媒介契約の約定どおり、仲介業者に対し、約束した仲介手数料の半分を支払いました。
ところが、買主は、決済日当日になり、「他に良い土地が見つかった」などと言って、決済場所にも来ず、本件売買契約の代金の支払いにも応じてくれませんでした。そのため、私は、買主の違約を理由に、本件売買契約を解除せざるを得ませんでした。
このように、本件売買契約は、買主の違約に基づき解除となったのですが、その後、私は、仲介業者から、「仲介手数料の残りのお支払いも含め今後についてお話をさせてほしい」と言われてしまいました。本件売買契約は、仲介手数料の残りを支払うとされていた決済にまでそもそも至っていないですし、その原因も違約をした買主にあるのであって、私に責任はないと思います。
それでも、私は、本件媒介契約の約定どおり、仲介業者に仲介手数料の残金を支払わなければならないのでしょうか。
A
1 何が問題か
不動産を売却するに当たり、宅地建物取引業者にその仲介をお願いして、買主を探してもらうとともに、買主との間の売買契約の条件を詰めてもらうことは、至極当然のことです。この際、宅地建物取引業者もプロフェッショナルですから、その対価として報酬を支払わなければなりません。これが、仲介手数料又は媒介報酬といわれるものです。
不動産(宅地建物)の売却の仲介(媒介)を依頼された宅地建物取引業者(仲介業者)は、依頼者(ご相談のケースではご相談者様)との媒介契約に基づき、依頼者と相手方(ご相談のケースでは買主)との間における、不動産の売買契約の成立に向けて力を尽くします。
媒介報酬(仲介手数料)は、このように仲介業者が媒介に尽力した結果、宅地建物の売買契約を成立させたことの成功報酬としての性質を有しています。
それゆえ、媒介報酬(仲介手数料)は、依頼者と相手方とで売買契約を締結した時に、その請求権が発生するものと解されています。売買契約の決済が完了した時に初めて発生するというわけではありません。
ご相談のケースでも、本件売買契約の締結時に、仲介業者の報酬請求権は発生しており、「本件土地についての売買契約を締結した時に、約束した報酬(仲介手数料)のうち半分を支払い、決済時に残りを支払う」との定めは、報酬の支払時期を定めたものに過ぎません。
したがいまして、ご相談者様は、本件媒介契約に、残金の支払いは「決済時」とされているからといって、残金の支払いを当然に拒むことはできません。
もっとも、本件売買契約が決済前(履行される前)に解除されているため、ご相談者様が、本件媒介契約に定められた媒介報酬(仲介手数料)の満額を支払わなければならないかは、別問題です。
2 裁判例の考え方
判例は、媒介契約で定められた報酬(仲介手数料)の額は、売買契約の締結をした後、同契約が履行される前に解除された場合でも請求できる旨の特約が設けられていた等の特段の事情がない限り、売買契約が成立し、その履行がされ取引の目的が達成された場合について定められた金額であると解するのが相当であると判示しています(最高裁昭和45年2月26日判決・民集24巻2号89頁)。
この考え方によれば、売買契約の締結をした後、その契約が履行される(決済を完了する)前に解除された場合は、「その履行がされ取引の目的が達成された場合」とはいえませんから、仲介業者は、媒介報酬(仲介手数料)の満額を当然には請求できないことになります。
では、実際にはどれだけの媒介報酬(仲介手数料)の請求が認められているかと申しますと、裁判例は割れており、確定した基準がないというのが正直なところです。
すなわち、いったん仲介業者の媒介により売買契約が成立した以上、その後の解除等は、原則として、仲介業者の報酬請求権に影響を及ぼさないとして、媒介契約で定めた媒介報酬(仲介手数料)の満額の請求を認めた裁判例も複数存在します(東京高裁平成6年9月1日判決など)。
他方で、仲介業者は、約定どおりの報酬額までは請求できないと減額を前提とした上で、商法第512条により、「相当な報酬」を請求でき、その額は、売買契約の取引額、仲介業務の難易、期間、労力さらには売買契約が履行されずに終わった事情など、その他諸般の事情を斟酌して定められるべきとする裁判例も存します(東京地裁平成23年1月20日判決など)。
(商法第512条)
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができる。
3 ご相談のケース
以上をまとめると、ご相談のケースは次のように考えられます。
まず、本件媒介契約に、売買契約の締結をした後、同契約が履行される前に解除されたとしても仲介業者が報酬を請求できる旨を合意していた場合等特段の事情が存在する場合、ご相談者様は、仲介業者に対し、約定どおり、報酬の残金を支払う必要がございます。
次に、そのような特段の事情がない場合、ご相談者様は、判例の考え方に従ったとしても、仲介業者に対し、相当な報酬を支払わなければなりません。
ご相談のケースでは、仲介業者は決済日当日までの期間、仲介業務を行っていたと考えられ、買い手の探索等労力をかけていた事情もあります。仲介業者が行った業務が、本件売買契約が履行された場合と比較して変わらないものであったとすれば、ご相談者様は、約定の報酬に近似する程度の報酬(の残金)を支払わなければならない可能性もございます。
仲介業者も「仲介手数料の残りのお支払いも含め今後についてお話をさせてほしい」と連絡してきただけで、満額を請求する意向を有しているかはまだ分かりませんので、ご相談者様におかれましては、仲介業者との間で、仲介業者の意向とその根拠(このたびの売買契約の成立に向けて仲介業者がどのような業務を行ってきたのかなど)をご確認された上で、仲介手数料のお支払いについて協議を進められるのがよろしいのではないでしょうか。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。