不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
複数の者が所有する私道の通行掘削権
Q
私は、先日亡くなった母から相続した土地建物を所有している者です。
このうち土地は、東京都の多摩地域にある40坪強の土地で、そこに築50年の木造2階建ての家が建っています。
私自身は、既に独立して妻や子どもたちと埼玉県にマンションを購入して住んでおり、父も数年前に既に他界していますので、この土地建物を特に利用する予定はありません。そこで、私は、仲介業者さんにお願いして、この土地建物の売却先を探してもらうことにしました。
ところで、この土地の目の前には幅5メートル弱の舗装された道(以下「本私道」といいます)があり、その道が、幅6メートル以上はある道路(以下「本公道」といいます)に繋がっています。詳しくは、以下の図をご覧ください。
【図】
生前の両親から聞いた話によると、元々この土地(A)は、Cの曽祖父の所有する本私道、B、C、Dの土地と一体となった広い土地であったそうです。それを、50年以上前に、私の祖父たちが、当時まとまったお金を欲していたCの曽祖父から譲ってもらったものだそうです。その際に、私の祖父を含むA、B、C、Dの土地の所有者さんたちが話し合った結果、その広い土地をA、B、C、Dの土地と本私道に分けるとともに、本私道も、A、B、C、Dの4つの土地の所有者で4分の1ずつ分けて所有することになったそうです。
この「4分の1ずつ分けて所有する」が少々特殊で、本私道を上記の図で言えば「縦」にほぼ4等分して、それぞれの土地の所有者で所有するというものです。
その上で、両親によると、特に書面はないけれども、①それぞれが自分の土地に出入りするために本私道を通ってもよく、通行料は取らない、②清掃は各自が協力して行い、お金が発生したときは皆で相談して決めるという話になっていたそうです。
実際、売却をお願いした仲介業者さんに、これらの土地の不動産登記簿と公図を取り寄せてもらったところ、本私道は、以下の図のようになっていました(図の本私道部分に記した「B」とは、「Bの土地の所有者と同じ人の所有になっている」という意味です。以下、便宜上、これらの土地所有者の方々を「Bさん」などといいます)。
私は、仲介業者さんと相談した結果、この本私道の一部になっている縦長の土地も一緒に売ることにし、急いで相続登記を進めました。
その後、仲介業者さんがこの土地建物と本私道の一部の土地の買主を探してくださった結果、ある不動産業者さんが、今の建物を解体して新しい建物を建てて転売することを前提に購入したいと名乗り出てくれました(以下、この不動産業者さんを「買受希望者さん」といいます。)。
私は、現在、仲介業者さんを通じて、買受希望者さんとの間で、この土地建物の売却について条件を詰めているところなのですが、先日、買受希望者さんから、本私道について、「ここって、地下を掘って新しい水道管やガス管を引いたり、建物の解体や建築のために重機が通ったりするのに、B、C、Dさんたちの承諾が必要ですか。必要なら、決済日までで良いので、売主さんの方で承諾を取り付けてきてほしいのですが。」と尋ねられました。
私は、この土地建物を母からの相続で取得したこともあり、B、C、Dさんたちとほとんど面識はありません。B、C、Dさんたちのご意向や人柄は分かりません。
そのため、全く新しい人がこのAの土地に住むことを良く思わず、本私道を掘ったりその上を重機が通ったりすることを拒絶してしまうかもしれません。
私が知っていることと致しましては、いずれも私の両親の少し下の70歳前後で、私の祖父がAの土地を譲り受けた時期に建築されたと思われる築年数の経った建物に住まわれています。また、この辺り一帯は、最寄りの駅から徒歩30分と距離があるため、この土地にもBからDの土地にも、駐車場があり、生前の父は亡くなる直前まで自動車を運転していました。B、C、Dさんたちは現在も自動車を日常的に運転しており、本私道を通って車をそれぞれの土地に駐車しているようです。
加えて、仲介業者さんに調べていただいたところ、図面上では、本私道の地下に、A、B、C、Dそれぞれの土地に繋がる水道管とガス管が引かれており、公道まで繋がっているとのことでした。
この土地建物と本私道の持分を買受希望者さんが取得した後、本私道を掘って新しい水道管やガス管を引いたり、その上を重機が通ったりすることには、B、C、Dさんの承諾が必要なのでしょうか。
A
1 何が問題か
本コラム2023年9月号では、1筆の私道を4名の方が共有(共同所有)する関係にある場合に、その土地を掘って新しい水道管やガス管を引いたり、その上を重機(建築機械)が通行したりすることができるか否かについて、説明させていただきました。
このたびのご相談のケースは、その場合とは異なり、私道が4筆に分かれており、隣接する土地を所有している方々がそれぞれ1筆を単独で所有しているケースとなります(後述する『研究報告書』では「相互持合型」と分類されています)。
この場合、AやBの土地の所有者の方は、水道管やガス管を引くには別の方(Aの場合はD、Bの場合はC)の土地の地下を通らざるを得ませんし、車で本私道を通ろうとすれば、他の御三方の土地の上を通らないわけにはいきません。
かような場合でも、ご相談者様からAの土地を譲り受けられた方が、本私道を掘って新しい水道管やガス管を引いたり、その上を重機が通ったりする際に、本私道を構成する他の所有者の方の承諾が必要なのかが、問題となります。
2 ご相談者様の通行権の根拠
ある土地の所有者が、その土地を利用するために、別の人の所有する土地を通行するための権利には、様々なものがございます。
このうち、ご相談のケースのような「相互持合型」の私道の場合は、私道を構成する土地を所有される人々の間で、互いに、その私道を(通常は無償で)通行してよいとする「地役権」を設定する合意が成立していることが一般的であると解されています(法務省の下で行われた「共有私道の保存・管理等に関する事例研究会」が昨年6月にとりまとめた『複数の者が所有する私道の工事において必要な所有者の同意に関する研究報告書 ~所有者不明私道への対応ガイドライン~』27ページ参照)。
つまり、ご相談のケースに即して申せば、ご相談者様、B、C、Dは、それぞれ、お互いに、本私道を無償で通行してよいと合意していると解するのが一般的であるということです(こうした通行を目的とする地役権は、しばしば「通行地役権」といわれます)。
「地役権」とは、設定された際に定められた目的に従い、人の土地を自分の土地の便益に供することのできる権利をいい、地役権の権利者に「使われる」人の土地を「承役地」、自己の土地を「要役地」といいます。
3 地役権の承継
地役権は、要役地(ご相談のケースでいうAの土地)の所有権とともに移転するものとされ、要役地から分離して譲渡することはできないとされています(民法281条1項本文及び2項)。
そのため、ご相談者様が有している地役権は、要役地であるAの土地を買受希望者の方に売却すれば、B、C、Dの御三方の承諾がなかったとしても、Aの土地の所有権とともに、買受希望者の方に移転するものと解されます(B、C、Dの御三方に地役権を主張するためには、Aの土地の所有権の移転登記が必要になります)。
4 ご相談者様の地役権の内容
一方で、ご相談のケースのような「相互持合型」の私道の場合に、各自が有している地役権(通行地役権)がどのような内容となるのか、言い換えれば、本私道を掘って新しい水道管やガス管を引いたり、その上を重機が通ったりすることまで内容に含まれているのかは、更に検討を要します。
ご相談のケースのような地役権の設定に書面がない場合に、各自が有している地役権がどのような内容となるのかは、「設定の合意の前提になった当時行われた本件道路の通行の態様、方法等を基礎として定められる」と解されています(東京高裁平成4年11月25日判決)。
つまり、お互いに私道を無償で通行してよいと合意した当時、その私道がどのような状態で、どのように使用されていたかなど諸々の事情を基礎として、どのような合意であったかを定めることとなります。
その上で、ご相談のケースについて検討いたしますと、①自動車そのものの通行や②水道管やガス管の敷設のし直しのための掘削については、通行地役権の内容に含まれていると解されますが、③建物の解体、建替工事などに伴う重機の通行や(集合住宅の建築などで)従前よりも大規模な水道管やガス管の敷設を伴う掘削につきましては、通行地役権の内容に含まれる可能性が高いと解されるものの、念のため、B、C、Dの方のご承諾を取られた方がよろしいかと思料します。
まず、①について、本私道は、舗装されている道路であり、ご相談者様のお父様を含む4筆の土地の所有者様すべての方が自動車で本私道を通行されていたとのことですから、皆様の間で設定された通行地役権は、自動車による通行を含むものであったものと解されます。
次に、②について、本私道には、現に、その地下に隣接する4筆の土地の所有者様すべての方が設置した水道管及びガス管が配管されていることからすれば、皆様は、それ以外の本私道の所有者様あてに、その地下に公道に設置されている水道管やガス管に接続するための配管を設置することを承諾していると解するのが自然と思料いたします。
現に、上記『研究報告書』104ページの「事例12」によれば、幅4メートルの5筆の土地で構成される私道について、その1筆の土地を所有する者が、自己の宅地内に新たな水を引き込むためにその私道の地下に給水管を設置するケースにおいて、「私道を構成する土地の提供者は、相互に、地上の通行だけではなく、通路の地下に、公道に設置されている配水管に接続するための給水管を設置することを明示又は黙示に承諾していたものと考えられる。したがって、このような場合には、新たに給水管を設置する者に対する関係においても、私道の地下に給水管の設置を目的とする地役権(民法第280 条)が明示又は黙示に設定されていると解され」るとされています。
他方で、建物の解体、建替工事などに伴う重機の通行まで通行地役権の内容に含まれるかについては、争いの余地がないわけではありません。
すなわち、これまでAからDの土地では、現在の木造建物が建築された後、解体や建替工事が行われた様子はありません。
建物は劣化するものでいつかは解体や建替が不可欠になるものですから、皆様の間で通行地役権を設定された際に、建築した建物を解体したり、建て替えたりする際に重機が本私道を通行することも、その通行地役権の内容に当然に織り込み済みであるとも解されます。一方で、通行地役権が設定されたのは50年以上も前ですから、当時建築した建物の解体や建替までは想定されておらず、重機の通行が必要となる事態になったときは、改めて隣地所有者全員の承諾を得なければならないと考えられていた可能性も、ないわけではありません。建築工事が、一家族の住む戸建てではなく、集合住宅建築目的の大規模なものとなる場合には、なおさらです。
水道管やガス管の敷設を伴う掘削につきましても、先ほどお話ししたケースと異なり、集合住宅の建築などのために従前のものよりも大規模な水道管やガス管の敷設を伴う場合には、そこまで想定していたわけではないとして、改めて隣地所有者全員の承諾を得なければならないとされる可能性は残ります(なお、令和2年4月1日から施行された改正民法213条の2により、土地の所有者は、他人の所有する土地を通らなければ水道管やガス管を繋ぐことができない場合には、必要最小限の範囲で、その他人の所有する土地を通ることができるとされていますが、この権利は、無償ではありません(同条5項))。
したがいまして、ご相談のケースでは、買受希望者の方が本私道に重機を通行させることを念頭に置かれているわけですから、念のために、B、C、Dの御三方から、本私道を掘って新しい水道管やガス管を引いたり、その上を重機が通ったりすることをご承諾いただくとともに、ご相談者様がAの土地を売却した際にも買主の方にそのご承諾が承継されることのお約束を取得されておいた方がよろしいかと存じます。
5 最後に
本コラム2023年9月号でも申しましたが、ご相談者様は、この土地建物を相続で取得されており、B、C、Dさんたちとほとんどご面識がないとのことです。このようなケースの場合、不動産業者が建物を解体、再築して別の方に転売しようとする際に、御三方がどのような反応をされるのか分かりませんので、仲介業者様ともご相談の上で、買受希望者の方に、こうした事情を説明されることが望ましいのではないかと存じます。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。