不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(3)
Q
私が保有する賃貸マンションは、ほぼ満室で稼働できていますが、親から相続を受けたもので、既に築50年を超えています。賃貸マンションの外観や設備の老朽化は著しく、先日、耐震診断をしたところ、壁や床には傾斜があり、大地震時に倒壊する可能性が高いとの結果が出ました。
入居者の安全性や、今後も大家業を続けていくことを考えて、入居者には退去してもらい、建物を建て替えたいです。
本コラム2019年3月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(1)」によると、賃貸人が賃貸借契約を解約(更新拒絶)するには「正当事由」が必要であり、正当事由の判断要素の一つである賃貸人が建物を使用する必要性として、近年では、老朽化した建物を取り壊して安全性の高い建物を建築する場合も考慮される傾向にあるとのことでした。
本件においてこの「正当事由」は認められるでしょうか。
A
1 はじめに
近時、首都圏において、老朽化した収益建物再築の必要性、再開発適地の不足等が相まって、既存の収益建物につき、賃貸人が賃貸借契約を解約して賃借人に退去してもらい、収益建物を建て替える需要が高まっています。
Qにあるとおり、正当事由の判断要素の一つである賃貸人が建物を使用する必要性として、近年では、老朽化した建物を取り壊して安全性の高い建物を建築する場合も考慮される傾向にあります。
しかしながら、本事案のように、たとえ、建物の外観や設備の老朽化が著しく、耐震診断をしたところ、壁や床には傾斜があり、大地震時に倒壊する可能性が高いとの結果が出たとしても、建物の外観や設備の老朽化が著しいのであれば大規模修繕をすることで、耐震性能不足であれば耐震補強工事をすることで対応できる場合もあります。そのため、本事案において当然に「正当事由」が認められるわけではありません(立退料の問題も別にあります。詳しくは本コラム2023年8月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(2)」)。
建物の老朽化や耐震性能不足を理由として、どのような場合に「正当事由」が認められ得るのかについては、以下のとおり、近時の裁判における判断基準は概ね確立しつつあります。
2 裁判における「正当事由」の判断基準
建物の老朽化や耐震性能不足を「正当事由」とする場合、以下の枠組みに従って検討する必要があります。
① 建築士による耐震診断を受けること
単に築年数や外観、エンジニアリングレポート(ER)などに依拠して老朽化や耐震性に問題があるとするのではなく、建築士による耐震診断を受ける必要があります。ただし、建築士であれば誰でも耐震診断を行えるわけではなく、通常、耐震診断を行う専門業者に依頼します。
建築士による耐震診断も、予備調査などの簡易簡略な調査ではなく、二次診断又は三次診断まで行った上で、耐震性能不足との結果が必要となります。
② 耐震性能不足である場合、更に耐震補強工事の具体的内容及びその経済合理性を検討すること
耐震性能不足があるとして、建物の耐震性や居住性を改善するためには大規模修繕工事や耐震補強工事にどの程度の費用を要するのか、その効果はどの程度かといった費用対効果を検討する必要があります。
耐震補強工事等に必要な費用が建物の賃料収入から十分に賄える程度の額であるということであれば、耐震補強工事によることに経済合理性があるということになり、「正当事由」は認められません。
逆に、耐震補強工事をしたとしても耐震性の向上に限度があったり、建物の賃料収入では耐震補強工事等の費用の回収に困難を来したり、耐震補強工事等を行うのに、建物を建て替えるのとほぼ同額の工事費用がかかる場合には、建物を建て替えることに経済合理性があるということになり、「正当事由」が認められ得ます。
3 最後に
以上のとおり、単に建物が老朽化している、耐震性能不足であるということだけで「正当事由」が認められるわけではありません。誰にどのような耐震診断を依頼するか、その上で建て替えることの経済合理性をどのように明らかにするかがポイントになります。
なお、耐震性能不足や建て替えによる経済合理性がなければおよそ「正当事由」が認められないというわけではありません。この点は別コラムにて言及することとします。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。