不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
私道の通行権
Q
私は、祖父から相続した土地(以下「本件土地」といいます)を所有しています。
本件土地上には、祖父が住んでいた築50年以上の古民家が建っていますが、現在は空き家となり、管理も困難でしたので、私は、その古民家(以下「本件建物」といいます)と本件土地(以下、本件建物と本件土地を「本件不動産」と総称します)を売却することにしました。
現在、仲介業者さんを通じて、買受希望者さんとの間で、売却について条件を詰めているところなのですが、先日、買受希望者さんと一緒に本件不動産を視察しに行ったところ、本件土地の隣(以下「本件隣地」といいます)に住む高齢の方(以下「本件隣地所有者」といいます)が、本件土地上の空地部分(以下「本件私道」といいます)を歩いて、公道に出ていくのを見かけました。私が本件隣地所有者を呼び止め、話を聞いたところ、本件隣地所有者は、私の祖父が住んでいたころから日常的に本件私道を無償で通行していたことが判明しました。
隣地所有者によれば、本件私道は、本件隣地から大通りまでの最短ルートであり、契約書等はないものの、私の祖父からも30年間以上無償通行を黙認されていたとのことです。
現地の視察から少し経過したころ、私は、仲介業者さんを通じて、買受希望者さんから、「本件不動産を購入した場合には、本件建物を取り壊し、本件土地上に新居を建設することを計画している。その際、本件私道を維持しなければならないとすると、計画していた住宅を建設できないため、購入を取りやめるかもしれない」との説明を受けました。
私は、何とか本件土地を売却したいと思い、仲介業者さんに確認したところ、本件私道の廃止に関する公法上の規制等は存在しないとの回答であったため、本件私道を廃止した上で本件土地を買受希望者さんに購入してもらおうと思っています。
本件において、それは可能でしょうか。
A
1 何が問題か
ご相談の件では、本件隣地所有者が、本件私道上を日常的に通行しています。
仮に本件隣地所有者が本件私道の通行権を有する場合、ご相談者様は、本件隣地所有者の通行権の行使を妨げることができないので、本件私道を当然には廃止することができません。そのため、ご相談の件では、本件隣地所有者の本件私道の通行権の有無が問題となります。
なお、上記のほかにも、本件私道が建築基準法上の位置指定道路に該当する場合など、公法上の規制を理由に私道を廃止できない場合もありますが、今回は、仲介業者の回答のとおりそのような事情がないとの前提で検討を進めたいと思います。
2 通行権の発生
法律上、一定の場合には、他人の土地の通行権が認められます。
通行権が認められる場合には、囲繞地通行権が成立する場合と通行権の設定がある場合が主に挙げられます。
⑴ 囲繞地通行権が成立する場合
まず、囲繞地通行権(袋地通行権や法定通行権とも呼ばれます)とは、他の土地に囲まれて公道に通じない土地(袋地)の所有者が、その土地を囲んでいる他の土地(囲繞地)を通行することができる権利です。
囲繞地通行権は、相隣接する土地相互の利用関係を調整するために、袋地の所有者に当然に認められる権利であるため、本件隣地が袋地であり、本件私道の通行が、本件土地に与える損害を考慮し本件隣地から公道へ出るために最も適当と解される場合には、本件隣地所有者に同通行権が認められます(なお、囲繞地通行権は原則として有償とされています)。
ご相談の件において、本件隣地が袋地か否かは定かではありませんが、本件隣地所有者は、単に大通りへ出やすいとの理由で本件私道を通行しているに過ぎないようです。そのため、本件隣地が袋地でない可能性が高く、囲繞地通行権は成立していないと思われます。
⑵ 通行権の設定がある場合
次に、通行権は、通行する土地の所有者との間で、通行権の設定に合意した場合でも成立します。典型的には、通行地役権の設定契約を締結した場合や、使用貸借契約を締結した場合が挙げられます。
ところで、実務上、これらに基づく無償通行と好意通行(通行権を有さない事実上の無償通行)との区別が争われる場合があります。すなわち、契約は黙示の意思表示(文書でも口頭でも意思を表示していないが周囲の事情を解釈して了解される意思表示)でも成立するところ、当該通行が、黙示的な通行地役権設定契約や使用貸借契約から発生する無償通行権に基づくものか、それとも通行権を有さない事実上の無償通行かが不明確となり得るのです。
ご相談の件でも、本件私道の通行に関する契約書は存在しないとのことであり、本件隣地所有者は、ご相談者様の祖父との間で特別な合意や話合いなくして、無償通行を黙認されていただけと思われますので、この点が問題になります。
この点に関しては、裁判例でも明確な基準がありませんが、一般に恩恵的な色彩が強い無償通行に関し、私道所有者との間での特別な合意や話合いなくして通行権を認めることは否定的に考えられており、通行する者が隣地所有者あるいは利用者であること以上の実質的な利害関係がないこと、通行地が空地又は通路状であっても通行地所有者が通行しているのを利用したとみられること等も理由にして、仮に長期にわたる通行であっても好意通行と判断される傾向にあります。
ご相談の件では、まずは通行地役権設定契約や使用貸借契約の締結であると判断できるような、ご相談者様の祖父と本件隣地所有者の間での特別な合意や話合いの有無を調査すべきですが、そのような事情が見当たらない場合には、本件隣地所有者が隣地所有者であること以上の利害関係を有する事情は特段出ていませんし、本件私道は空地に過ぎませんので、本件隣地所有者の通行を好意通行と考えて差し支えないと考えます。
したがって、このような場合は、通行権の設定もないと考えられます。
3 まとめ
以上をまとめると、ご相談の件では、本件隣地所有者が本件私道の通行権を有していないと十分に考えられるケースですので、ご相談者様は、本件私道を廃止し得ると考えます。
もっとも、本件私道の廃止を焦ると、後から予期せぬ事情が発見され、本件隣地所有者から、本件私道の通行権を有する前提での通行妨害の禁止や損害賠償を求められ、ご相談者様の本件不動産の売却に支障を来すことも考えられます。また、本件隣地所有者との関係性が悪化し、買受希望者が本件不動産の購入を躊躇する事態も生じ得ます。
したがいまして、ご相談者様としては、転ばぬ先の杖として、本件隣地所有者への事前説明や事情聴取、さらには必要に応じて専門家に相談したりするなど慎重に対応し、可能であれば本件隣地所有者の承諾を取得した上で私道の廃止へと進めたほうがよろしいでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。