不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
新型コロナウイルス感染症と引渡・決済の遅延
Q
私は、住宅を、リフォーム工事を行った上で売却する契約を結んでいました。ところが、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、リフォーム工事の作業従事者が新型コロナウイルス感染症に罹患したため、リフォーム工事がストップしてしまい、売買契約における住宅の引渡日までにリフォーム工事が完了しない見込みとなりました。
そうしたところ、買主から、新型コロナウイルス感染症に罹患して入院し、決済日に決済に立ち会えなくなったので、決済手続を延期したいとの連絡が入りました。
このまま、引渡しも決済もできないまま、引渡日・決済日を過ぎた場合、私は何か責任を負うことになるでしょうか。逆に、私から買主に何か請求できることはあるでしょうか。
A
1 はじめに
新型コロナウイルス感染症の流行は未曽有の事態とされていますので、その影響によって契約において定められた内容を履行できなくなったとしても、よもや、自ら新たな責任を負うことはない、相手方の責任を追及することもできないと考えるかもしれません。
もっとも、法的にはそう簡単な問題ではないのです。
2 契約責任と「不可抗力」について
建物売買契約において、売主は建物の引渡債務を、買主は代金の支払債務をそれぞれ負っています。売主又は買主がこれらの債務を履行しない場合、通常、相手方は、①遅延損害金の賠償請求をする、②契約を解除した上、違約金を請求することができます。もっとも、売主又は買主が債務を履行しなかったことが責めに帰することのできない事由(「帰責事由がない」、「無過失」ということもあります。)による場合、損害賠償請求をしたり違約金を請求したりすることはできません。
この「無過失」と「不可抗力」は、概念的には別のものです。もっとも、売買契約における売主や買主の債務のように、何かを与える債務については、「無過失」といえるのは、ほぼ「不可抗力」に限られると考えられています。
そこで、「不可抗力」とは何かですが、①外部からくる事実であって、②取引上要求できる注意や予防方法を講じても防止できないものをいうとされています。「不可抗力」の代表的な例は、大地震や大水害などの天災、戦争・動乱などです。
3 住宅の引渡しの遅延と「不可抗力」について
では、リフォーム工事の作業従事者が新型コロナウイルス感染症に罹患したため、リフォーム工事がストップしてしまい、リフォーム工事の遅れによって引渡期日に建物の引渡しができなかった場合、これは「不可抗力」といえるのでしょうか。
まず、リフォーム工事を発注した売主とリフォーム業者の関係を考えると、リフォーム工事の作業従事者が新型コロナウイルス感染症に罹患したため、リフォーム工事をストップせざるを得なくなった場合、国土交通省は、「不可抗力」に当たると考えています(令和2年4月17日付け通知書「新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態措置の対象が全国に拡大されたことに伴う工事等の対応について」)。
上記通知書では、業者が新型コロナウイルス感染症の影響により資機材を調達できない場合も「不可抗力」の例として挙げています。売主もリフォーム済みの住宅を調達するものと捉えると、新型コロナウイルス感染症の影響によりリフォーム工事が遅れ、売主による建物の引渡しが遅れた場合も「不可抗力」といえそうです。
そのため、売主が買主に対し損害賠償責任や違約金の支払責任を負うことはないでしょう。
4 代金支払の遅延と「不可抗力」について
では、買主が、新型コロナウイルス感染症に罹患して入院し、決済日に決済に立ち会えなくなってしまい、決済ができなかった場合、これは「不可抗力」といえるでしょうか。
一般に、風邪などの体調不良は「不可抗力」と考えられていません。もっとも、新型コロナウイルス感染症は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症法」といいます。)の「指定感染症」になっており(新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令1条)、感染者を強制的に入院させることができます(感染症法19条3項)。このように、新型コロナウイルス感染症に罹患すると、本人の意思如何にかかわらず強制的に入院させられることもありますから、買主が、新型コロナウイルス感染症に罹患して入院し、決済日に決済に立ち会えなくなってしまい、決済ができなかった場合は、不可抗力と考えていいでしょう。
もっとも、実は、売買契約の買主のように、金銭支払債務を負う者は、法定利率(法律が定める利率。本稿執筆時点では年3%(民法404条2項))又は約定利率(当事者が合意した利率。不動産売買契約において定められることは多くありません。)による損害賠償について、「不可抗力」をもってしても責任を免れないとされています(民法419条3項)。そのため、売主は買主に対し法定利率又は約定利率に基づく損害賠償を請求することができます。
では、売主は、買主に対し、売買契約を解除した上で違約金まで請求できるでしょうか。不動産売買契約における違約金は、売買代金の20%とすることが多いですから、これができるかできないかは大きな違いです。この点、遅延利息を超過する損害賠償請求は、一般の債務不履行の場合と同様に債務者に帰責事由がなければできないと考えられています。そのため、売主は、買主に対し、違約金を請求することはできません。
5 最後に
上記に述べた内容は一つの解釈を示したものに過ぎず、設例に対する確定的な見解はないところです。また、一言に新型コロナウイルス感染症による影響といっても、それが「不可抗力」に当たるかどうかは、緊急事態宣言が発出されているか、都道府県知事による自粛要請があるか、緊急事態宣言や都道府県知事による自粛要請の対象業種かどうか、感染者か濃厚接触者や自主的な避難者に過ぎないか、代替手段があるかなど、諸般の事情を考慮して判断されます。
そのため、締結済みの契約において設例のような事態が発生した場合は、法律専門家の助言を踏まえた柔軟な対応が必要でしょうし、今後新たに契約を締結する場合は、新型コロナウイルス感染症流行の第二波、第三波も予想されるところですので、新型コロナウイルス感染症により想定される影響の対処方針について契約当事者で事前に協議した上で、その内容を契約書に定めておく必要があるでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。