不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
仲介を依頼した宅地建物取引業者の秘密を守る義務の範囲
Q
私は、10年ほど前に亡くなった父から相続した都内の木造一戸建て(以下「本件建物」といいます)とその敷地を所有している者です。
私自身は、既に独立して家族と都内にマンションを購入して住んでおりますので、本件建物には、数か月に一度の頻度で掃除に訪れる程度で、特に利用はしていませんでした。
このまま定期的に掃除など管理を続けるのも大変なので、私は、仲介業者さんにお願いして、売却先を探してもらいました。
本件建物は、亡くなる直前に父が大規模なリノベーションをしているものの、築年数自体は45年と古い建物のため、契約不適合責任を負わない特約を付けてもらうことを条件としました。
その結果、是非本件建物に住みたいという会社員の方が見つかり、現在契約条件の細部を詰めているところです。
ところが、先週、掃除のために本件建物を訪れた際、妙に畳が凹んでしまう場所があり、気になって畳をめくってみたところ、シロアリを見つけてしまいました。
私としては、契約条件も煮詰まってきたところでシロアリの話が買主の方に伝われば、契約が破談になってしまうと考え、仲介業者さんにシロアリのことを話しつつも、「この件は黙っていてほしい。」とお願いしました。
にもかかわらず、仲介業者さんは、「宅地建物取引業者としてそれはできません。買主の方には説明させていただきます。」と話して、私の了承なく、買主の方にシロアリのことを伝えてしまいました。案の定、買主の方からは、「少し考え直させてほしい。」と言われてしまっています。
私が依頼した仲介業者さんなのですから、仲介業者さんは、私の要望を受けて誠実に活動すべきですし、調べてみたところ、宅地建物取引業者は、秘密を他に漏らしてはならない義務を負っているということです。
仲介業者さんの行動は、私の了承なく秘密を他に漏らしたとして、私との関係で法的責任を問われても仕方がないのではないでしょうか。
A
1 宅地建物取引業者の守秘義務
不動産取引を仲介する宅地建物取引業者は、宅地建物取引業法(以下「法」といいます)上、誠実義務を負うとともに(法第31条1項)、業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならない守秘義務を負うこととされています(法第45条)。
ここでいう「秘密」とは、公に知られていない事実で客観的にみて本人の秘密として保護するに値するもの、又はその取引において契約当事者や委託者(依頼者)本人を始めとする取引の関係者が宅地建物取引業者に対して特に秘密とすることを希望したものをいうと解されています。
今回のケースで、ご相談者様は、「この件は黙っていてほしい。」とお願いして、仲介を委託(依頼)されている仲介業者にシロアリの件を打ち明けました。
したがいまして、本件建物からシロアリが発見された事実は、委託者が特に秘密とすることを希望した事項として、宅地建物取引業者である仲介業者にとって守秘義務を負う「秘密」には該当すると解されます。
2 「正当な理由」により法的責任が生じない場合があること
しかしながら、宅地建物取引業者は、いかなる場合でも「秘密」を伝えたことによる守秘義務違反を問われるわけではありません。
すなわち、宅地建物取引業者の守秘義務を定めた法第45条は、「正当な理由がある場合でなければ」、「秘密」を漏らしてはならないと定めています。
そのため、「正当な理由」があれば、宅地建物取引業者は、その「秘密」を相手方に伝えたとしても、委託者(依頼者)との関係で当然に法的責任が生じるわけではありません。
ここでいう「正当な理由」とは、法律上の秘密事項を告げる義務がある場合、取引の相手に真実を告げなければならない場合、依頼者本人の承諾があった場合、他の法令に基づく事務のための資料として提供する場合をいうと解されています(国土交通省の定める『宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方』)。
今回のケースでは、このうち、特に「取引の相手に真実を告げなければならない場合」に該当するか否かを確認する必要がございます。
3 「正当な理由」の一つである取引の相手に真実を告げなければならない場合とは
「取引の相手に真実を告げなければならない場合」の典型は、宅地建物取引業者が、買主などに対して、(その「秘密」について)法律上の告知義務を負う場合と解されます。
法第47条は、宅地建物取引業者に対し、宅地又は建物の売買等の契約の締結について勧誘をする際などに、宅地又は建物の所在、規模、形質を始めとする一定の事項のうち、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるものについて、故意に事実を告げなかったり、不実のことを告げたりする行為を禁止しています。
つまり、宅地建物取引業者は、法律上、取引の関係者に対して、取引上重要なことであれば、真実を告知する義務があるとされているのです(前記『宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方』参照。もちろん、宅地建物取引業者が、真実そのものとその真実が取引上重要なことを知っていることが前提となります)。
裁判例でも、建物に住む目的で売買契約を締結しようとする買主は、その前提として、その建物が住むことに適した性状や機能を備えているか否かを判断する必要があることから、宅地建物取引業者は、建物に住むという買主の目的を認識し、かつ建物の物理的な瑕疵(欠陥)によってその目的が実現できない可能性を示唆する情報を認識している場合、買主に対し、積極的にその旨を告知すべき業務上の一般的注意義務を負うとされています(大阪地判平成20年5月20日判タ 1291号279頁)。
今回のケースで、宅地建物取引業者である仲介業者は、買主が建物に住む目的で本件建物を購入することを知っていましたし、ご相談者様から打ち明けられたことにより、本件建物でシロアリが発見されたことも認識しています。
シロアリの浸食次第では、買主の建物に住むという目的が実現できなくなる可能性があるため、今回のケースは、宅地建物取引業者が、買主に対し、シロアリが発見されたという真実を告げなければならない場合に該当すると解されます。
4 小括
以上をまとめますと、今回のケースでシロアリが発見された事実は、宅地建物取引業者として買主に告げなければならない事項に該当するため、仲介業者は、この事実を買主に伝えたとしても、ご相談者様に対する守秘義務を反したとして当然に法的責任が生じるものではないと思料いたします。
5 ご相談者様は仲介業者に秘密をお話しすべきではなかったのか
仮に、ご相談者様が、シロアリの発見を仲介業者に伝えず、そのまま売買契約が成立した場合どうなるでしょうか。
この場合、ご相談者様は、買主から、決済後に契約不適合責任を理由とした修補請求や損害賠償請求を受け、契約が破談になる以上の不利益を負う可能性があります。
今回のケースのように、売買契約に契約不適合責任を負わない特約を設けている場合であっても、売主は、知りながら告げなかった事実については、その責任を免れることができません(民法572条)。そのため、シロアリを発見しながら、あえて仲介業者や買主に告げなかったご相談者様は、契約不適合責任免責特約の存否に関わらず、契約不適合責任を負う結果となります。
したがいまして、今回のケースは、シロアリを発見した事実を仲介業者に伝えなければよかったという問題ではないことに注意が必要です。
むしろ、仲介業者は、契約が破談になる以上の不利益が生じてしまう事態からご相談者様を守るために、買主に真実を告げる選択をしたといえるかもしれません。
契約締結前に見つけた不具合は、後のトラブルを防止するためにも、仲介業者や買主に説明し、誠実な対応を心掛けることをお勧めいたします。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。