不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
導管袋地を売却する際の注意点
Q
私(X)の自宅は公道に接道していますが、その公道は水道管本管が敷設されていません。そこで、私は、隣にお住まいのAさんが所有する土地(以下「本隣地」といいます。)の地下を無償で使わせていただき、本隣地が接道している上記とは別の公道に敷設されている水道管本管から水道を引き込む水道管(以下「本水道管」といいます。)を設置していました。その後、Aさんは本隣地をYさんに売却しましたが、Yさんから水道管の撤去を求められたり、利用料を求められたりしたことはありませんでした。
私は自宅を売却することになりましたが、買主から、水道管の改修工事をしたいので、Yさんから水道管の改修工事をするための本隣地の立入りと掘削につき承諾を得てほしいと言われました。そこで、私は、Yさんに、上記の承諾をお願いしに行きました。ところが、Yさんから、本水道管が本隣地を経由しているなんて知らなかった、本隣地を荒らされるのは嫌だと拒否され、むしろ、本水道管を撤去するよう求められてしまいました。
私は、長年本水道管を利用してきました。それにもかかわらず、Yさんの承諾がなければ本水道管の改修工事を行えないのでしょうか、Yさんの要求に従い本水道管を撤去しなければならないのでしょうか。
A
1.何が問題か
Xさんは、本土地を無償で利用し本水道管を設置・利用してきたということですので、まず、使用借権(他人の物を無償で使用する権利のことです。民法593条)を主張することが考えられます。もっとも、本件における使用借権は、あくまでもAさんとの合意で生じたAさんに対して主張できる権利に過ぎませんので、Yさんに対しては主張することができないのです。
また、他人の土地を自分の土地のために利用する権利として地役権(民法280条)という権利があります。地役権は、登記をすればYさんにもその権利を主張することができるのですが(民法177条)、個人間で、水道管やガス管を設置するために地役権を設定する契約をし、登記まですることは、実務上、ほとんどないでしょう(地下に埋設され、外形上認識しがたい導管につき、黙示の地役権設定が認められるか(東京高裁昭和49年1月23日判決参照)、地役権の時効取得(民法283条)が認められるか(最高裁昭和30年12月26日判決参照)、登記なくして地役権を対抗(主張)できるか(最高裁平成10年2月13日判決参照)という問題がありますが、ここでは紙幅の関係上割愛します。)。
そこで、考えられるのは、導管等設置権という一般には耳慣れない権利です。
なお、Xさんの自宅は公道に接道していますので、Xさんに囲繞地通行権(他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者が、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる権利のことです。民法210条1項)はありません。
2.導管等設置権とは
(1) 現行民法について
ここでの「導管等」とは、電気・ガス・上下水道等のライフライン用の導管や導線のことをいいます。
現行民法には、他の土地を経由しなければ自己の所有地に導管等を引こうとしてもこれができない状態にある土地(これを「導管袋地」といいます。)に関する権利について、何ら規定がありません。本年4月、民法のうち債権法が大幅に改正されたことは報道等でも大きく取り上げられましたが、現行民法が制定されたのは明治時代、このときはライフラインの技術が未発達だったからです。
もっとも、現代の社会生活では、電気・ガス・上下水道を利用することが不可欠となっています。
そこで、
①宅地の所有者であること
②当該宅地が導管袋地であること
③他人の土地を利用することが他の方法と比べて合理的であること
などを要件として、他人の土地に導管等を設置する権利(導管等設置権)が認められると解されています(最高裁平成14年10月15日判決参照。)。
この考え方を前提とすると、Xさんは本水道管を撤去する必要はありませんし、買主はYさんの承諾なく本水道管の改修工事をすることができます。ただし、実務的には、工事業者は、Yさんの「承諾書」がなければ、工事を施工することはほとんどないでしょう。Yさんの「承諾書」が得られない場合、Xさん(買主)としては、Yさんに本水道管の改修工事を受任する義務があることの確認を求める裁判を起こす必要があります。
(2) 民法改正の議論
実は、現在、民法を改正し(令和2年中の改正を目指しているようです。)、導管等設置権を新設する案が検討されています。これは、
①導管袋地の所有者が、
②ライフラインの供給を受けるために、
③他の土地の所有者に対して、
④自己の導管を設置することについて承諾を求める権利を有する
ことを民法に新たに規定するというものです。
民法改正の議論の中では、導管袋地の所有者が、ライフラインの供給を受けるために、他の土地について、自己の導管を設置する権利を当然に有するという案もありましたが、他の土地の所有者が権利の制約を受けることになる際の手続を保障するため、上記のとおり、いわば、導管等設置承諾請求権を新たに規定する案になりました。
この改正が実現すると、Xさんは当然に本水道管を撤去する必要がなくなるわけではなく、また、買主は当然にYさんの承諾なく本水道管の改修工事をすることができるわけではなく、いずれもまずはYさんに承諾を求める必要があります。Yさんが承諾しなければ、Xさん(買主)としては、Yさんに対し、承諾を命じることを求める裁判を起こす必要があります。
3.何か対策があったか
上記のとおり、Xさん(買主)には導管等設置(承諾請求)権がありますが、Yさんの承諾を得られなければ、現行民法を前提にしても改正民法を前提にしても、裁判手続を経ることになり、非常に手間と時間を要してしまいます。
そこで、Xさんとして、Aさんが本隣地を所有しているうちに何か対策を講じておけたかというと、これが現実的にはなかなか難しいところです。
上記1のとおり、地役権を設定し、登記をすれば、権利としては万全ですが、これが実現できることは、実務上ほとんどないでしょう。また、建物所有目的の土地の賃貸借は、土地上の建物を所有(登記)している限り、当該土地が譲渡されても、当該土地賃借権を、当該土地譲受人に対して主張することができますが(借地借家法10条1項)、ライフラインが建物のために不可欠とはいえ、建物が存在していない土地の地下に排他的な占有を前提としないライフラインを設置する目的が「建物所有目的」といえるかは微妙なところです(東京高裁昭和57年6月10日判決参照)。
次善の策としては、
①Aさんとの間で、Aさん又はXさんがそれぞれの土地を譲渡する場合、本水道管を設置し利用する権利義務をそれぞれ譲受人に承継する旨の合意をしておき、これを交渉のきっかけにしたり(この合意の効力はそれぞれの譲受人には及びません。)
②XさんがAさんに適正賃料を支払うことを前提に、XさんとAさんとの間で借地借家法の適用があることを明記した賃貸借契約書を作成する(上記のとおり、裁判では借地借家法の適用が否定される可能性はあります。)
といったことが考えられます。
4.最後に
導管等設置(承諾請求)権が認められるかどうかは、上記に記載した以外にも細かい要件等があります。また、権利が認められるかどうかとは別に、Yさんとの交渉をうまく進める必要もあります。
このあたりの知見・ノウハウを有する専門家をうまく活用するのも一つの方法でしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。