不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
現状有姿条項の注意点
Q
私は、都内に一戸建てを購入して長年生活してきましたが、そろそろ売却しようと考えています。
しかしながら、この一戸建て(建物)は、すでに築25年以上が経過し、壁面にヒビが入る、豪雨の際には雨漏りがする、床に若干の傾きがあるといった経年劣化の兆候が現れてきています。
先日、知人から「それなら現状有姿で売ればいいよ」と教えてもらったのですが、詳しいところはよくわかりません。売買契約書に「現状有姿」の言葉が入っていれば十分なのでしょうか。
A
1.「現状有姿」とは
不動産の売買契約においては、「建物を現状有姿にて引き渡す」などの現状有姿条項が定められることが少なくありません。
この「現状有姿」の意味は、はっきりと法律で定められているものではありません。一般的には、売買契約を締結した後、引き渡しまでの間に、土地や建物の状況に変化があったとしても、売主は引き渡し時点の状況のままで引き渡せば足りる趣旨であると考えられています。
そうすると、売買契約書に現状有姿条項を設けることにより、売主として、売買契約を締結した後に、例えば、修繕をしたり、リフォームしたりする義務を負うものでないことが明確になります。
他方、売主は、不動産の売買契約において、一般的に、瑕疵担保責任(不動産に容易には発見できない欠陥等〔隠れた瑕疵〕がある場合に売主が負う責任)や説明義務(売買契約に伴う付随義務として、買主に対し、売主が対象物件の状態につき説明する義務)を負っています。売買契約書に現状有姿条項を設けた場合、売主はこれら瑕疵担保責任や説明義務まで免除されるのでしょうか。
2.瑕疵担保責任との関係
売買契約における現状有姿条項と瑕疵担保責任との関係については、現状有姿条項が設けられているからといって、瑕疵担保責任は免除されないものと考えられています。
一つの売買契約書に現状有姿条項と瑕疵担保責任の条項がともに定められている事案で、ある裁判例は、「売主は、本件現状有姿条項により本件建物を現状有姿の状態で引き渡せばよいとされる結果、本件建物について隠れた瑕疵が存在する場合、そのまま引き渡せばよいが、経年劣化によらない隠れた瑕疵が存在することが明らかになった場合は担保責任を負う趣旨と解するのが相当である」とし、現状有姿で引き渡せば売主としての引き渡し義務は果たしたことになりますが、瑕疵担保責任は負う(免除されない)旨の判断がされています。
そのため、現状有姿条項を設けた場合でも、これとは別に特約を設けておかなければ、瑕疵担保責任は免除されないので注意が必要です。
3.説明義務との関係
説明義務との関係も、基本的には、瑕疵担保責任の場合と同様です。現状有姿条項があるから当然に説明義務が免除されるわけではありません。
もっとも、売買契約書に現状有姿条項が定められている場合、説明義務の程度が低減される傾向にあります。裁判例のなかには、仲介を行った仲介会社(宅建業者)の説明義務違反が問題となった事案において、現状有姿売買であることを、説明義務違反(この事案では建ぺい率規制に違反することの説明を行わなかったこと)にあたらないことの根拠として挙げたものがあります。
この意味では、売買契約書に現状有姿条項が定められていた方が売主にとって有利です。
ただし、売主の買主に対する情報提供(説明義務を果たすこと)は、仲介会社の営業担当者を通じて行われることが多く、情報提供の内容や範囲について専門的な判断が必要となる場面は少なくありません。信頼のおける仲介会社に依頼することをお薦めします。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。