不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
孤独死が生じた不動産を売却する際の注意点(2)
Q
私は、一戸建て住宅(以下「本件建物」といいます)を賃貸しています。
3か月前、本件建物内で賃借人が亡くなりました(以下「本件事故」といいます)。賃借人の方は、30年以上前から本件建物で一人暮らしをされていた方で、親族や知人が訪ねてくる様子も見られませんでした。また、警察の方にも確認したところ、その方のご遺体を引き取る遺族は現れなかったようです。
本件建物をそのままにしておくわけにもいかないため、私は、賃借人が本件建物に遺した動産(以下「本件残置物」といいます)を撤去の上、本件建物の賃貸に一区切りを付けたいと考えています。
本件建物を売却する場合、心理的瑕疵の問題が生じ得ること(詳しくは本コラム2019年2月号「孤独死が生じた不動産を売却する際の注意点(1)」を参照してください)は知っています。そのため、私としては、本件建物を取り壊して、その敷地を売却したいと思いますが(もちろん買主の方には本件事故のことを説明する予定です)、何か問題が生じるでしょうか。
A
1 何が問題か
賃貸借契約は、賃借人の死亡によって当然に終了するものではありません。すなわち、賃借人が死亡した場合、賃借権が賃借人の相続人に相続され、賃貸借契約が存続するのです。
賃貸借契約が存続している以上、賃貸人は、賃借人の相続人に対して、賃貸している物件を使用させる義務を負います。それゆえ、賃貸借契約が存続しているにもかかわらず本件建物を解体してしまった場合、賃貸人であるご相談者様は、賃借人の相続人に対して、賃貸借契約に基づく義務違反による責任(債務不履行責任)を負ってしまう可能性があります。
そのため、ご相談の件は、本件建物の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」といいます)を終了させてから、本件建物の取壊しへと進める必要があり、この方法が問題となります。
また、本件残置物の所有権も、(第三者所有のものを除き)賃借人の相続人に相続されるため、ご相談者様は勝手に処分することができません(勝手に処分すると所有権の侵害となり、不法行為責任等を負う可能性があります)。そのため、本件残置物の処理方法も問題となります。
2 どのような対応が必要か
⑴ 相続人の探索
本件賃貸借契約及び本件残置物の処理には、その権原を有する者との間でやり取りをする必要があります。そのため、ご相談者様は、まずは賃借権や残置物の所有権を相続した相続人と連絡を取ることを目的に、賃借人の相続人を探索する必要があります。
具体的には、本件賃貸借契約にて定められた緊急連絡先や連帯保証人に連絡を試みる方法が考えられます。また、賃借人の死後、賃貸人や、賃貸人から事件を受任した弁護士、司法書士等は、相続人を探索するために、住民基本台帳法や戸籍法等に基づき住民票の写しや戸籍謄本等の取得が可能です。そこで、これにより賃借人の相続人を調査する方法も考えられます。
⑵ 相続人の探索結果に応じた処理方法
ア 相続人が判明した場合
これらの調査を経て相続人が判明した場合には、その相続人(複数存する場合、相続分の過半数の相続人)との間で本件賃貸借契約を合意解約したり、その相続人に本件残置物を引き取ってもらったりすることで、本件賃貸借契約及び本件残置物を処理することができます。
仮に相続人が、賃貸借契約の合意解約に応じない場合でも、賃料の不払い等を理由に、相続人全員に対し解除を通知し、賃貸借契約を(一方的に)終了できる場合がありますので、これにより本件賃貸借契約を終了することも検討されます。
また、相続人が本件残置物の引取りに応じない場合は、早期の処分実現のため、相続人全員から本件残置物の所有権を放棄してもらい、ご相談者様において処分する方法も検討されます。
イ 相続人が不存在であることが判明した場合
他方で、相続人が不存在であることが判明した場合(相続人の相続放棄により、不存在と同様の事態が生じることもあります)は、上記アのように相続人との間でやり取りをすることができません。このような場合は、裁判所に相続財産管理人の選任を申し立て、同管理人との間で、上記アと同様の対応をすることになります。
もっとも、相続財産管理人の選任申立てには、予納金を必要とすることが一般的であり、東京家庭裁判所の場合、その金額は100万円が基準とされています。賃借人に換価できる財産が残っていない場合、予納金は相続財産管理人の選任を申し立てた者(ご相談の件ではご相談者様)の負担となるため、ある程度の金銭的負担を覚悟しなければなりません。
3 対応に困難が生ずるおそれがあること
対応方法は以上のとおりであるものの、実務では、相続人が多人数に及んだり、相続人との連絡が付かなかったりするなど、対応に何か月もの期間を要することも珍しくありません。また、賃借権や残置物の所有権を共同で相続している場合、これらを相続した相続人の持分の過半数の同意を得て、賃貸借契約の合意解約や相続人による残置物の引取りについて取り決める必要があり、相当な労力がかかります。
そのため、ご相談者様におかれては、本件建物の解体までに相当な期間がかかることも見据えて、じっくりと対応する必要があるでしょう。
また、ご自身で対応が難しい場合には、弁護士等の専門家に相談することも検討されるでしょう。
4 死後事務委任契約等の利用
ご相談の件の回答とは離れますが、単身の賃借人の死亡により、賃貸借契約を終了させ、また、物件内に残された動産を処理することが困難になるというリスクは、社会的にも認知されており、近年、当該リスクを嫌った賃貸人が、単身高齢者との賃貸借契約の締結を拒否する事例にも発展しています。
このような状況を踏まえ、国土交通省及び法務省では、賃貸人の不安感を払拭し、単身の高齢者の居住の安定確保を図る観点から、単身の高齢者が死亡した際に契約関係及び残置物を円滑に処理できるように、賃借人と受任者との間で、賃貸借契約の解除及び残置物の処理を内容とした死後事務委任契約等の締結を勧めています(残置物の処理等に関するモデル契約条項)。
上記死後事務委任契約等を締結することで、賃借人が死亡した場合、受任者が賃貸借契約の解除や残置物の処理を行うことができるようになるため、賃貸人は相続人の探索等の負担から逃れることができ、早期に賃貸借契約の解約や残置物の処理ができる可能性が高まります。
ご相談の件では既に賃借人が死亡しているため、この方法は利用できないものの、関連する話題ですので、ここで紹介させていただきます。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。