不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
賃貸期間満了後も賃借人が入居したままの定期借家契約の扱い
Q
私は、1年前に突如亡くなった父から相続した土地建物を所有している者です。
このうち建物は、総戸数4戸のアパートで、父は各部屋を人に貸して賃料収入を得ていました。
このアパートは駅至近にありながら築年数が50年近くと古い建物ということもあり、家賃が安く、現在は満室の状態です。
他方で、私としては、このまま古い建物を安い家賃で貸し続けても、修繕費などが嵩んであまり収益も上がりませんので、建替えを前提にどなたかに売却してしまおうと考えています。
各部屋の賃貸借契約を確認してみたところ、父は、「定期賃貸住宅標準契約書」という契約書を使っており、賃貸期間は3年とされていました。また、そこには「定期賃貸住宅契約についての説明」と書かれたA4サイズ1枚の書面で借主さんの署名押印したものもまとめられていました。
4戸のうち3戸の借主さんは、いずれも賃貸期間が今から1年以上先に終わることになっています。
しかしながら、1戸の借主さんは、賃貸期間が、父が亡くなった6か月後とされていたのですが、その後も退去せずに6か月近くアパートに住み続けています。
私とその方とのやり取りは、父が亡くなった翌月にその方から連絡があり、「家賃の振込先は何処になりますか」と聞かれたので、私名義の預金口座を案内したときだけで、私の方から特に何も書面は出していませんし、父からも亡くなる1年前以降に特にその方に書面を出した形跡はなさそうです。
私としては、賃貸期間が終わり次第、順次借主さんに退去していってほしいと考えているのですが、既に賃貸期間が終わってしまっている1戸の借主さんには、直ちに退去してもらうことができるのでしょうか。
なお、父は、入居者の募集に限っては不動産業者さんにお願いをしていましたが、日常の管理については管理会社を入れずに自ら行っていました。
A
1 定期借家契約(定期建物賃貸借契約)とは
まず、相談者のお父様が使用されていた「定期賃貸住宅標準契約書」について、説明いたします。
お父様は、このたびのアパートについて、「定期借家契約(定期建物賃貸借契約)」の方式で、借主(賃借人)と契約をしていたと拝察いたします。
建物の賃貸借契約には、「借地借家法」という法律が適用されます。その結果、賃貸人の都合で賃貸期間中にその契約を解約(中途解約)したり、賃貸期間満了時にその契約の更新を拒絶したりしようとする場合、中途解約の申入れや更新拒絶が適切な時期に行われ、かつこれらの解約申入れ等に正当事由が存しなければ、解約申入れ等は認められない(建物の賃貸借契約を終了させて賃借人を退去させることができない)とされています(借地借家法26条及び28条。詳細は、2019年3月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点」をご覧ください)。
このように、借地借家法は、建物の賃借人に強い保護を与えている一方、建物を賃貸する貸主(賃貸人)にとっては、建物を賃貸に出してしまうと自らの都合で容易に賃借人に退去を求めることができないことになるため、建物を賃貸しにくくなってしまう面が否定できません。
そこで、借地借家法は、賃貸人と賃借人の双方の合意によって、賃貸期間満了時に契約が終了し、更新を予定しない「定期借家契約」の方式で建物の賃貸借契約を締結することを認めています(借地借家法38条)。これが、「定期借家契約」(定期建物賃貸借契約)です(これに対し、上記の建物賃貸借契約は、「普通借家契約」(普通建物賃貸借契約)としばしばいわれます)。
この定期借家契約の最大の特徴は、普通借家契約と異なり、正当事由がなくとも、一定の手続を行なえば(これがこのたびのご相談のポイントの1つとなります)、当然にその賃貸借契約は期間満了をもって終了することです。賃借人側が契約の継続を希望しても、賃貸人側が応諾しなければ、やはりそのまま契約は終了しますし、賃借人側の契約の継続希望に賃貸人側が応諾したとしても、飽くまでそれは新たな契約の「再契約」であって、更新ではないと扱われます。
定期借家契約は、書面で締結しなければならないとされており(借地借家法38条1項)、かつ、契約締結時には、契約書と別にその賃貸借契約が、更新がなく、期間の満了により終了することを記載した書面を作成、交付しなければならないとされています(同条2項。これらの手続を怠ってしまうと、普通借家契約と扱われてしまいます)。
ご相談のケースでは、契約書も作成されているようですし、それとは別に「定期賃貸住宅契約についての説明」と題する書面を賃借人の方が受け取られているとのことですので、このたびのご相談では、これらの手続はなされている前提で説明を続けさせていただきます。
2 定期借家契約の終了に伴う手続
さて、先ほど、定期借家契約は、「一定の手続」を行なえば、当然に期間満了をもって終了すると説明いたしました。
具体的には、賃貸期間が1年以上の定期借家契約の場合、賃貸人は、期間の満了の1年前から6か月前までの間に、賃借人に対して、期間の満了によりその契約が終了する旨の通知をしなければならないとされています(借地借家法38条4項本文。以下、この通知を「終了通知」といいます)。
この終了通知を怠ってしまうと、賃貸人は、賃借人に対して、定期借家契約が期間の満了をもって終了したことを主張できなくなってしまいます。もっとも、期間の満了から6か月前を切ってしまった場合でも、賃貸人は、賃借人に終了通知をすれば、その通知をしてから6か月を経過した日をもって、定期借家契約の終了を主張できるとされています(借地借家法38条4項ただし書)。つまり、終了通知が遅れた分、それだけ契約の終了が後ろ倒しになってしまうということです。
3 定期借家契約の賃貸期間満了までに終了通知を行っていない場合
また、裁判例では、賃貸期間が満了した後に終了通知をした場合でも、賃貸期間が満了する前に終了通知をした場合と同様に扱うと判断されています。
すなわち、裁判例では、賃貸期間が満了した後に終了通知をした場合でも、賃貸期間満了前の終了通知と同様に、賃貸人は、その通知をしてから6か月を経過した日をもって、定期借家契約の終了を主張できると判断されています(東京地裁平成21年3月19日判決・判例時報2054号98ページなど)。
例えば、2023年12月31日をもって賃貸期間が満了、その後2024年1月31日に賃借人に到達した終了通知がなされた場合、賃貸人は、それから6か月後の同年7月31日の翌日の同年8月1日以降、定期借家契約の終了を主張できることになります。
4 定期借家契約の賃貸期間満了後も長期間にわたり賃借人による建物の使用継続を認めていた場合
一方で、ご相談のケースでは、ご相談者様のお父様が亡くなられてしまったこともあり、定期借家契約の賃貸期間が満了する賃貸期間が満了してからも6か月近くにわたって、賃貸人であるご相談者様は、賃借人に対して終了通知をなされず、現在に至るまで、賃料を受け取られ続けています。この場合の取扱いは、どのようになるでしょうか。
裁判例では、「期間満了後、賃貸人から何らの通知ないし異議もないまま、賃借人が建物を長期にわたって使用継続しているような場合には、黙示的に新たな普通建物賃貸借契約が締結されたものと解」することができるときがあることを認めています(上記東京地裁平成21年3月19日判決)。つまり、このような場合には、賃貸人側において、賃借人が建物に入居し続けることを黙認してしまっている、契約書のやり取りや口頭での明確な合意はないが、賃貸人と賃借人との間で新たな普通借家契約が結ばれてしまったものと認めることができるときもあるとしています。
しかしながら、裁判例は、新たな普通借家契約の成立に対して慎重な姿勢を示しており、実際に新たな普通借家契約の成立を認めたケースは限られています。
具体的には、①定期借家契約の賃貸期間満了から3年近くが経過した後に、賃貸人が、書面によらない新たな賃貸借契約が締結されていたことを前提に、賃借人に対して、その新たな賃貸借契約の賃貸期間の満了後に再び定期借家契約の締結を打診した事案(東京地裁平成27年2月24日判決)や②定期借家契約の賃貸期間満了から約2年9か月にわたり、賃貸人が、賃借人に対して、従前と同額の賃料等を請求し、これを受領し続けていた事案(東京地裁平成29年11月22日判決)などがございます。
むしろ、賃借人が建物の使用を継続していたものの、③定期借家契約の賃貸期間満了から約1年経過後に、賃貸人が、賃借人による使用の継続に対して異議が述べたことが窺える対応をしていた事案(東京地裁平成30年2月28日判決)や、④定期借家契約の賃貸期間満了から約10か月後に、賃貸人が、賃借人に対して、定期借家契約であったことを明示して、実質的には明渡しを1年猶予する旨を通知した事案(東京地裁平成30年6月28日判決)では、新たな普通借家契約の成立が否定されています。
5 まとめ
以上を踏まえて、ご相談のケースを検討いたします。
賃借人の方は、定期借家契約の賃貸期間の満了以降も建物の使用を継続されていますが、その期間は6か月近くにすぎません。
また、賃貸人であるご相談者様も、終了通知は出されていないものの、積極的に賃貸期間の満了後に賃借人の方あてにその使用継続を容認したり、新たな賃貸借契約を打診されたりしたわけではありません。
以上に加え、ご相談者様は、突如亡くなられたお父様から相続でこのアパートを承継したものであり、その契約関係について十分に把握する期間が存しなかった事情も併せれば、ご相談者様と賃借人の方との間で、新たな普通借家契約が成立しているとまではいえないかと存じます。
したがいまして、ご相談者様は、これから賃借人の方に終了通知をなされれば、それから6か月が経過した後であれば、賃借人の方に対して、定期借家契約の終了を主張し、建物からの退去を求めることができるものと思料いたします。
6 最後に
相続で承継された財産に契約関係、特に賃貸借契約が含まれている場合、契約の相手方から突如として相続人の方にとってあずかり知らない事情や話があったと主張され、トラブルになるケースも散見されます。
このたびのご相談のケースは、お父様が突如亡くなられたということで難しかったところですが、ご自身の財産に賃貸借契約関係が含まれている場合、可能であれば、上記のようなトラブルを避けるために、生前の段階から、相続人の候補者の方あてに、賃貸借契約の内容を共有されておいた方がよろしいかと存じます。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。