不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(1)
Q
私は、先日亡くなった母の所有していた小さなアパートを相続しました。
そのアパートは、30年以上前に建てられたもので、古くから住み続けている入居者(賃借人)が数人いらっしゃいます。
相続した私としては、この辺りの土地は高く売れると聞いたので、建物を取り壊して更地にする前提で売却したいと思っています。
幸い、アパートの賃貸借契約書には、賃貸人からの解約申入れから6か月経過すれば、賃貸借契約が終了する旨の規定があります。
私から賃借人に対して、この規定に基づいて解約申入れをすることにより、賃借人を退去させることはできますか。
A
1.何が問題か
建物が老朽化しており建物自体にほとんど価値がない場合、建物を取り壊し更地にしてから(又は買主にて購入後すぐに建物を取り壊して更地にできる状態で)土地を売却する方が、買主の利用できる用途が多いため、購入希望者が多くなることが期待できます。
しかしながら、建物を取り壊すためには、現在の賃借人に建物を明け渡してもらわなければなりません。
明渡しが完了していない状態で土地建物を売却する場合、買主が売主から賃貸人の地位を引き継ぎ、賃借人に明渡しを求めることになります。売却に際しては、この明渡しにかかるコストを想定して売却価格を決めていくため、売却価格が大幅に下がることもあり得ます。
そのため、売主としては、賃借人に建物から退去してもらいたいところですが、賃貸人の都合により賃貸借契約を解約して、賃借人に明渡しを求めることができるでしょうか。
2.賃貸人から賃貸借契約を解約できるのか
建物の賃貸借契約が賃借人にとって居住や経営といった生活基盤であることから、法律は、賃借人に強い保護を与えています。
すなわち、賃料の長期間の不払いや、賃貸借契約に定められた用法で使用していない(無断での改築や住居として借りているのに店舗を運営していた場合などが当たります。)など、賃借人側の債務不履行を理由に賃貸借契約を解除する場合は別論として、借地借家法は、賃貸人の都合で賃貸期間中の解約(中途解約)や賃貸借契約の期間満了時に更新を拒絶しようとする場合、以下の①と②の条件を満たすことが必要であるとしています。
①更新拒絶又は解約申入れが適切な時期に行われていること(適切な時期)
ア.期間の定めのある賃貸借契約の場合
期間満了の1年前から6か月前までに更新拒絶通知を行うこと
イ.期間の定めのない賃貸借契約の場合
解約申入れの日から6か月を経過すること
②更新拒絶又は解約申入れに正当事由が認められること
たとえ賃貸借契約書に①と②の条件より短い期間や賃貸人に有利な条件で解約ができる旨の定めがあったとしても、その定めは無効となります。
また、今回のケースのように、賃貸人からの中途解約を認める特約があったとしても、その定めは、②の正当事由がある場合に限り賃貸人からの中途解約を認める定めであると解されているため、やはり②の正当事由が必要となります。
3.正当事由とはどのような事由か
それでは、正当事由とは具体的にどのようなものをいうのでしょうか。
正当事由の有無は、主に次の要素を考慮した上で、賃貸借契約を終了させ明渡しを認めることが社会通念に照らし妥当か、個別の事案ごとに判断することとされています。
(ア)賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情
(イ)賃貸借の従前の経過
(ウ)建物の利用状況
(エ)建物の現況
(オ)立退料の申出
この中でも、特に重要なのが、(ア)賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情です。典型的には、賃貸人やその親族が自らその建物を使用する場合が挙げられます。
近年では、耐震性や安全性への意識の高まりもあって、老朽化した建物を取り壊して安全性の高い建物を建築する場合も、賃貸人側の必要性として考慮される傾向にありますが、この場合でも、正当事由を認めるには立退料の提供が求められることが多いとされています。
4.まとめ
ご相談の今回のケースでも、賃貸借契約書の定めに従い6か月前に賃貸人から賃借人に対して解約の申入れをすれば当然に賃貸借契約が終了するわけではなく、解約に際して正当事由が必要となります。
そのため、現実的には、一方的な解約の申入れによるのではなく、賃借人も納得の上で、双方の合意の下で賃貸借契約を終了させた上で賃借人を退去させることが適切と考えられます。
したがいまして、賃貸人としては、建物を売却するに先立ち、賃借人に対し、賃貸借契約を終了させる必要がある事情を説明し、場合によっては、転居費用などを勘案した立退料を提示するなどして、賃借人との合意を得られるよう交渉を進めていくべきです。
そのためには、早めに専門家のサポートを受けられるよう、期間に十分な余裕をもった上でまず仲介会社にご相談いただくのが肝要です。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。