不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
決済日の延期と空き家の放置
Q
私は、相続によって取得した土地と同土地上の建物(以下「本件不動産」といいます)を売却することにしました。近年人気のエリアであるため、立地としてはかなり良いですが、建物については、長年管理がされていなかったことから、老朽化が進んでおり、今にも倒壊しそうな状態です。
このような状態であるため、建物にほとんど価値はなく、建物を解体する必要があります。私としては、自ら建物の解体費用を負担したくないので、本件不動産をまとめて購入していただける人(以下「買主」といいます)に、決済日を売買契約締結日の3か月後である20XX年12月1日としたうえで、本件不動産を売却することにしました。
ところが、決済日の2週間前に、買主から、決済日を20XX年12月1日から2か月間遅らせてほしいとの申し出がありました。契約書には、決済日の延期に関する特約等は定められていませんが、私としては、本件不動産を購入していただける方からの要望であるため、決済日を遅らせてもよいのではと考えています。
買主からの申し出に応じて決済日を延期した場合、私に何かリスクはあるのでしょうか。
A
1 建物倒壊のリスク
本件売買の目的物の1つである建物は、老朽化しており、今にも倒壊しそうな状態です。
建物の所有者は、建物が、倒壊、滅失等し、通行人などの第三者に危害が加えられた場合、その損害を賠償する責任を負うとされています(工作物責任、民法717条)。
この工作物責任は、建物などの「土地の工作物」に「設置又は保存の瑕疵」が存在している場合に当該建物の所有者及び占有者が負う責任です。「設置又は保存の瑕疵」とは「工作物がその種類に応じて、通常予想される危険に対し、通常備えるべき安全性を欠いていること」を意味し、通常備えるべき安全性を備えているかの判断に際しては、当該工作物の構造・用途・場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合的に考慮して個別具体的に判断することになります。
ご相談者様の所有する建物は、長年管理がなされておらず、老朽化が進んでおり、今にも倒壊しそうな状態にあります。建物は、相当程度の地震が生じた場合でも倒壊しないことが求められているため、地震がなくても今にも倒壊しそうな状態にあることは、建物が通常有すべき安全性を備えているとは考え難く、「設置又は保存の瑕疵」があると考えられます。
このように、売主としては、買主の要望に従い、今にも建物が倒壊しそうな状態で、引き渡し時期を延期することは、建物倒壊リスクの負担期限が延長されることを意味し、得策ではありません。
2 固定資産税の負担
また、工作物責任を負う期間が延長されることの他に考えられるリスクとしては、固定資産税の負担が増えることが挙げられます。
固定資産税は、毎年1月1日時点での、登記簿上の所有者に対して課税されるものとなります。そのため、既に売買契約を締結し、所有権が移転することが決まっていたとしても、実際に所有権が移転し、登記簿の記載が変更されない限り、固定資産税の負担を免れることはできません。
今回のご相談において、当初の決済日は12月1日でしたが、買主からの要望に従い、決済日を2か月延期した場合、決済日は翌年の2月1日となります。
この場合、翌年の1月1日の時点においても、ご相談者様が登記簿上の所有者となるため、課税当局との関係では、翌年分の固定資産税全額の納税義務者は、登記簿上ご相談者様となります。
売主と買主との間での固定資産税の負担割合は、通常、所有権移転日を境に、前日までの日割分を売主、当日以降の日割分を買主の負担とすることが多いです。そのため、決済日を2か月延期した場合、ご相談者様の固定資産税の負担が2か月分増えることになります。
3 考えられる売主側の対応
では、ご相談者様としては、買主からの要望に対して、どのような対応をすることが考えられるでしょうか。
上述のように、決済日を延期することは、売主側の工作物責任を負う期間が延長されるリスクがあることを意味します。また、契約書等に決済日の延期に関する定めがない場合、不動産の売主であるご相談者様は、買主からの求めに応じる義務はありません。そこで、1つ目に考えられる選択肢としては、そもそも、決済日の延期には応じないということが考えられます。
次に、2つ目の選択肢としては、土地売買の決済日の延期には応じるけれども、建物売買の決済日は延期せず、建物の所有権移転を先行させ、買主に建物の解体については、すぐに取り掛かってもらうということが考えられます。この場合、建物の所有権は移転し、老朽化した建物は解体されるため、ご相談者様は、工作物責任を負うリスクから解放されます。
3つ目の対応策としては、ご相談者様として、買主に何としても売りたいという強い希望を有している場合には、ご相談者様の費用負担で、建物のみを先に解体するという方法が考えられます。この場合、ご相談者様が当初予定していた建物解体費用の負担を免れたいというニーズからは離れてしまうことになりますが、建物解体費用を自ら負担した分、本件不動産の売買代金は増額を求めることができますし、倒壊の危険のある建物の解体には公共団体から補助金が支給される場合もあります。
4 まとめ
以上のように、今回のご相談において決済日を延期した場合には、工作物責任を負う期間が延長される点及び固定資産税の負担が増える点がリスクとして考えられます。
売主としては、買主から決済日の延期を求められた場合、安易に応じるのではなく、専門家に相談するなど慎重な対応が必要となります。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。