不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
不動産の売却が宅地建物取引業に当たってしまう可能性
Q
私は、約6か月前、家族で引っ越すために東京近郊の中古マンションを購入しました。ところが、手付解除の期限も過ぎた先月になり、仕事の都合で九州地方に長期間赴任することが決まり、その中古マンションに住む予定が無くなってしまいました。今さら購入をキャンセルすることもできないため、いったんはこのまま今月末に迎える決済を進めて、別の方に転売してしまおうと宅建業者さんに相談しています。
一方で、私は、約3か月前、疎遠であった叔父が亡くなり、思わぬ形で叔父から東北地方の土地建物を相続しました。もっとも、私には特にその土地建物を利用する予定もなく、このままでは固定資産税が掛かってしまうだけですし、相続税の費用も捻出する必要がありましたので、現在、宅建業者さんを通じて売却先を探しているところです。
そんな中、私は、つい先日、同僚から、「君は6か月前、3か月前と連続して不動産を取得して、それをこれから立て続けに売ろうとしているそうだけど、そんな宅建業者さんみたいなことを無免許でして大丈夫なのかい。」と言われました。確かに外から見れば私の行動は不動産を立て続けに転売して利益を得ようとしているように見えなくもないため、無免許でこのようなことをしてよいのか、気になってしまっています。
なお、私は、これまで先ほどの中古マンション以外に不動産を購入したり売却したりしたことはありませんし、九州地方に引っ越した後に特に不動産を購入する予定もありません。
私はこのまま中古マンションと土地建物の売却を進めてもよいのでしょうか。
A
1.宅建業者とは
「宅建業者」(たっけんぎょうしゃ)とは、不動産業者のうち、宅地建物取引業法に基づく免許を受けている宅地建物取引業者のことを指します。
宅地建物取引業法では、宅地(原則として、建物の敷地とする目的で取引の対象とされる土地をいいます。)や建物(建物の一部を含みます。)の売買など又はその媒介などをする行為を「業として行う」ものを、「宅地建物取引業」として定義し、「宅地建物取引業」を営むには、宅地建物取引業法に基づく免許を受けなければいけないとしています(宅地建物取引業法2条2号、3号及び1号並びに3条1項)。
無免許で「宅地建物取引業」を営むと、刑事罰が科されることもあります。
2.宅地建物取引業に当たる行為とは
⑴ はじめに
同僚の方のご指摘は、約6か月前、約3か月前と連続して不動産を取得して、それをこれから立て続けに売るというご相談者様の行為が、先ほどお話しした「宅地建物取引業」に当たってしまうのではないかという内容かと思います。
法人であればともかく、個人の方の不動産取引が「宅地建物取引業」に当たってしまうなど荒唐無稽なお話と思われるかもしれませんが、これまでに個人の方が無免許で「宅地建物取引業」を営んだとして逮捕された事案もございますので、無視してよい話でもありません。
⑵ ポイントとなるのは「業として行う」に当たるか
先ほどお話しした「宅地建物取引業」の定義のうち、宅地や建物の売買は、宅地建物取引業者でない方でも広く行われているものです。
そのため、「宅地建物取引業」に当たるか否かは、宅地や建物の売買を「業として行う」ことに当たるか否かがポイントとなります。
⑶ 国土交通省の基準
では宅地建物取引業法が定める、宅地や建物の売買を「業として行う」とは、具体的にどのような意味を指すのでしょうか。
宅地建物取引業者を監督する国土交通省が宅地建物取引業法の解釈・運用を行う際の基準として定めている「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(以下「考え方」といいます。)には、以下のとおり規定されています。
※「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」(2001年1月6日国土交通省総動発第3号(最終改正令和3年9月24日国不動第74号))より抜粋
(1) 「業として行なう」とは、宅地建物の取引を社会通念上事業の遂行とみることができる程度に行う状態を指すものであり、その判断は次の事項を参考に諸要因を勘案して総合的に行われるものとする。
(2) 判断基準
① 取引の対象者
広く一般の者を対象に取引を行おうとするものは事業性が高く、取引の当事者に特定の関係が認められるものは事業性が低い。
② 取引の目的
利益を目的とするものは事業性が高く、特定の資金需要の充足を目的とするものは事業性が低い。
③ 取引対象物件の取得経緯
転売するために取得した物件の取引は事業性が高く、相続又は自ら使用するために取得した物件の取引は事業性が低い。
④ 取引の態様
自ら購入者を募り一般消費者に直接販売しようとするものは事業性が高く、宅地建物取引業者に代理又は媒介を依頼して販売しようとするものは事業性が低い。
⑤ 取引の反復継続性
反復継続的に取引を行おうとするものは事業性が高く、1回限りの取引として行おうとするものは事業性が低い。
「考え方」では、宅地や建物の売買その他取引を「業として行う」ことを、「社会通念上事業の遂行とみることができる程度に行う状態」と定義した上で、その判断に当たっての5つの基準を示しています。
ただし、実際に「業として行う」に当たるか否かは、これらの判断基準を「参考に諸要因を勘案して総合的に行われる」こととされていますから、すべての判断基準を満たしたとしても必ず「業として行う」に当たるとは限らず、また、いずれかの判断基準を満たしていなかったとしても「業として行う」に当たる余地はあることには、注意が必要です(判断基準の⑤でも記載されているとおり、1回限りの取引でも、「業として行う」に当たることはあり得ます。)。
3.ご相談のケースについて
それでは「考え方」の示す判断基準を基に、ご相談者様のケースが宅地や建物の売買を「業として行う」ことに当たるか否かを検討いたします。
まず①取引の対象者の要素ですが、「考え方」の注によりますと、「特定の関係」とは「親族間、隣接する土地所有者等の代替が容易でないもの」を指すとされています。それゆえ、東京近郊の中古マンション、東北地方の土地建物のいずれも一般の方の購入を募ろうとされているご相談者様のケースでは、この要素は事業性を高める要素といわざるを得ないかと存じます。
次に②取引の目的の要素ですが、ご相談者様は、東京近郊の中古マンション、東北地方の土地建物のいずれも自ら使用する必要性がなくなったために売却を進められているのであって、利益を得られることは主たる目的ではないものと思料いたします。特に、後者につきましては、相続税の捻出のためという、「特定の資金需要の充足を目的」とするものでもあります(「考え方」の注にも、相続税の納税はその典型例として挙げられています。)。それゆえ、ご相談者様のケースでは、この要素は事業性を低くする要素といえます。
また、③取引対象物件の取得経緯の要素につきましては、ご相談者様は、東京近郊の中古マンションを自ら使用するため、東北地方の土地建物を相続で、それぞれ取得されましたから、この要素は事業性を低くする要素といえます。
④取引の態様の要素につきましても、ご相談者様は、宅地建物取引業者に媒介を依頼して中古マンション及び土地建物を売却しようとされていますから、やはり事業性を低くする要素といって差支えないかと存じます。
最後に⑤取引の反復継続性の要素ですが、ご相談者様のケースは、2回の不動産の売却が続いてはいるものの、それは偶然時期が重なったものであり、その売却が完了すれば、特に不動産の売買を予定されていないとのことです。そうなりますと、1回限りの取引ではないものの、ご相談者様において反復継続的に不動産の取引を行おうとしているとはいえず、この要素は、事業性を高める要素には当たらないと思料いたします。
以上をまとめますと、①取引の対象者の要素につきましては事業性を高める要素となるものの、それ以外の要素につきましては、いずれも事業性を高める要素には当たらず、むしろそのほとんどが低くする要素になるものと解されます。
そうなりますと、宅地建物取引業の「業として行う」に当たるか否かが「諸要因を勘案して総合的に行われる」ことを踏まえても、ご相談者様のケースが宅地建物取引業にいう「業として行う」に当たるおそれは、まず考え難いのではないかと思料いたします。
4.まとめ
「考え方」の判断基準に従えば、個人の方が通常遭遇する不動産取引が「宅地建物取引業」に当たることは珍しいケースではあるものの、決して可能性がないわけではありません。
宅地建物取引業者に代理又は媒介を依頼することは、それだけでも事業性を低くする要素になると「考え方」にも示されていますので、その観点からも、不動産の取引を進めるに当たっては、宅地建物取引業者の方にご相談をされるのが原則として望ましいといえるでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。