不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
サブリース物件を売却する際の注意点
Q
私は、一棟の賃貸マンション(以下「本件建物」といいます。)とその敷地を所有しており、いわゆるサブリース業者との間で本件建物を一括で借り上げる賃貸借契約(以下「マスターリース契約」といいます。)を締結して、サブリース業者が入居者との間で個々の部屋を転貸(又貸し)する転貸借契約(以下「サブリース契約」といいます。)をする形で、本件建物から収益を上げています。
当初は、入居者の有無にかかわらず、サブリース業者から一定の賃料が保証されていた上、入居者の募集や賃料の集金管理についても任せられることから、安定した収益を得ることができていました。
しかし、マスターリース契約において私が受け取る賃料は、数年ごとに改定されることになっており、ちょうど契約期間満了の20年目を迎えようとする現在においては、当初に比べだいぶ賃料が下がり、本件建物の修繕費等を踏まえると収支の状況が厳しくなってきました。
そのため、私は、本件建物を売却して手放そうと考えて友人の不動産業者に相談したところ、マスターリース契約を解約した上で、入居者も明渡しの予定であれば、建物を取り壊す前提とすることで土地にいい値段が付くかもしれないと言われました。
そこで、私は、まずサブリース業者に対して、マスターリース契約を解約するため、契約期間満了をもってマスターリース契約を更新せずに終わりにしたいと申し入れたところ、サブリース業者の担当者から「更新の拒絶はできません。どうしても解約したいのであれば高額の立退料が必要となりますが、本当にいいんですか。」と言われてしまいました。
契約期間が満了し、かつ私が更新を希望していないにもかかわらず、マスターリース契約が終了しないというのはなぜなのでしょうか。
A
1.借地借家法による更新拒絶の制限
建物の賃貸借契約に関するルールを定めた法律として借地借家法があります。
建物の賃貸借契約では、借地借家法が適用されることにより、契約期間が満了する場合であっても、賃貸人から更新を拒絶するためには、契約期間満了の1年前から6月前までに更新拒絶の通知を行い、かつ更新拒絶についての「正当事由」が必要となります(借地借家法26条、28条。「正当事由」の詳細な内容につきましては、2019年3月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(1)」もご覧ください。)。
なお、いわゆる立退料とは、この借地借家法上の「正当事由」が十分ではない場合に、これを補完することを目的として賃貸人から賃借人に支払われるものです。
借地借家法が正当事由により更新拒絶を制限したのは、賃貸借契約が居住や営業の基盤となることから、賃借人の権利を保護するためです。
本件でもサブリース業者と居住者とのサブリース契約は、まさに居住するための建物の賃貸借契約ですので借地借家法が適用されます。
それでは、ご相談者様とサブリース業者とのマスターリース契約には、借地借家法は適用されるのでしょうか。
2.マスターリース契約に借地借家法が適用されるか
マスターリース契約においては、建物のオーナーが通常不動産賃貸業の素人であるのに対して、サブリース業者は不動産賃貸業の専門家であり、サブリース業者自身が当該建物に居住するわけではないため、建物のオーナーからの更新拒絶に当たり、賃借人保護を目的とする借地借家法の適用をする必要はないのではないかとも思えます。
しかしながら、借地借家法は、建物の賃貸借契約が居住目的であるか事業目的であるかを問わず、また賃貸人及び賃借人の属性(素人であるか専門家であるか)も問わず適用されるものであると解されているため、マスターリース契約にも借地借家法が適用されることが裁判例では一貫して認められております。
借地借家法が適用される結果、建物のオーナーがマスターリース契約を期間満了により更新拒絶するためには、正当事由が必要ということになります。
3.マスターリース契約が解約された場合の転借人の地位
⑴ はじめに
以上により、建物のオーナーがマスターリース契約を解約するためには、サブリース業者に契約の重大な違反などがない限り、①借地借家法上の正当事由が備わった状態での期間満了による更新拒絶か、②サブリース業者との合意又はサブリース業者からの更新拒絶による解約によらなければならないことになります。
他方で、これらの方法によりマスターリース契約を解約すれば、必ず転借人(入居者)に明渡しを求めることができるとは限りません。
以下①と②の場合に分けて説明いたします。
⑵ 正当事由を備えた賃貸人からの更新拒絶の場合(上記①)
借地借家法上の正当事由が備わっているか否かの判断に際しては様々な要素が考慮されますが、その要素の1つとして、転借人(入居者)の事情も考慮しなければならないことが借地借家法に明文にて定められています(借地借家法28条)。
そのため、マスターリース契約の更新拒絶に借地借家法上の正当事由が備わっていると認められるときは、転借人(入居者)の事情を考慮しても、なお建物のオーナーによるマスターリース契約の終了を認めることが相当とされる場合となります。
したがいまして、この場合、建物のオーナーは、転借人(入居者)にマスターリース契約が終了する旨の通知を行えば、当該通知から6月経過することによってサブリース契約もまた終了させ、入居者に対して明渡しを求めることができると解されています(借地借家法34条)。
⑶ 合意解約または賃借人からの更新拒絶の場合(上記②)
他方で、マスターリース契約が建物のオーナーとサブリース業者の合意解約やサブリース業者の更新拒絶により終了する場合は、結論が異なります。
判例では、マスターリース契約が賃貸人(建物オーナー)と賃借人(サブリース業者)との合意で解約された場合であっても、賃貸人(建物オーナー)は転借人(入居者)に対して合意解約を主張して明渡しを求めることはできないと解されております(本年4月に施行された改正民法613条3項では新たにこのことが明記されました)。
また、サブリース業者からマスターリース契約を更新拒絶する場合、正当事由は必要とされませんが、判例は、サブリースの事案において、サブリース業者からの更新拒絶によってマスターリース契約が終了した場合についても、建物のオーナーは、入居者に対して信義則上明渡しを求めることはできないと判断しています。
したがいまして、建物のオーナーとサブリース業者間の合意解約やサブリース業者からの更新拒絶によってマスターリース契約が終了した場合であっても、建物のオーナーは入居者に対して当然に明渡しを求めることはできず、別途入居者との間で明渡しの合意をしなければなりませんので、注意が必要です。
4.まとめ
ご相談の事案でも、ご相談者とサブリース業者のマスターリース契約は、建物の賃貸借契約として、借地借家法の適用を受けることになります。
そのため、契約期間満了する場合であっても、契約期間満了の1年前から6月前までに更新拒絶の通知を行い、当該更新拒絶について正当事由が認められることが要求されます。
仮に正当事由が十分でない場合は、これを補完するためにサブリース業者に対して立退料を支払うことも想定しなければなりません。
また、正当事由を認めるべき事情が乏しい場合は、サブリース業者との交渉によりマスターリース契約を合意解約することも考えられますが、サブリース業者との関係でマスターリース契約の合意解約が成立した場合でも居住者との関係では、当然に明渡しを求めることはできません。
したがいまして、入居者の明渡しも実現した上で売却するためには、サブリース業者のみならず、入居者とも併せて合意解約の交渉をする必要があり、立退料などのコストを踏まえると非常に困難が伴うと思われます。
状況によっては、マスターリース契約を残したまま本件建物を売却する、又はご相談者様が入居者とのサブリース契約の賃貸人たる地位を承継する前提で、サブリース業者とマスターリース契約の合意解約を行った上で、オーナーチェンジ物件として入居者を残したまま売却するといった方法も視野に入れるべきでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。