不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
収益不動産の売買にて契約締結後決済前に賃借人が退去した場合の売主の責任
Q
2021年2月号のコラムで相談させていただいた者です。
相談の後、私は、それまで賃料収入を得ていた自宅近くの総戸数4戸のアパートを、敷地とまとめて売却することにしました。
不動産会社さんに仲介をお願いしたところ、間もなく買主さん(個人の方で不動産業者ではありません。)が見つかりましたので、私は、2021年1月8日、買主さんとの間で、代金を2,500万円とする売買契約書を取り交わしました。この際、私は、先日の相談時に頂いたアドバイスを踏まえ、仲介の不動産会社さんとも相談しながら、買主さんに、アパートの各入居者さんとの間で取り交わした賃貸借契約書の写しと賃貸借契約の内容などを取りまとめた一覧表「レントロール」などをお渡ししました。
さて、この売買契約では、買主さんの売買代金の準備の都合もあり、決済の日は2021年3月27日としていました。
ところが、2021年2月22日の週になり、アパートの4戸の部屋のうち3戸の入居者さんから、転勤や卒業を理由に3月一杯で退去したいとの申入れを受けました。
私は、仲介の不動産会社さんを通じてすぐにこのことを買主さんに報告したところ、買主さんから、「私は4戸の部屋から賃料収入が得られる物件だと思いこの物件を購入したのだから、あなたは4戸の部屋がすべて入居している状態のアパートを引き渡す義務を負っているはずだ。決済までに次の入居者を確保しなければ違約である。」などと主張されてしまいました。
急いで新しい入居者さんを探していますが、決済までにすべての部屋が埋まらない場合、私は買主さんに対して違約の責任を問われてしまうのでしょうか。
なお、買主さんにお渡しした「レントロール」には、賃貸借契約書には、借主は1か月前の予告で契約を解除して退去できることが記載されています。
A
1.売買契約における売主の買主に対する目的物の引渡債務
売買契約では、売主は、買主に対して、売買の対象となった物(目的物)を引き渡す義務(引渡債務)を負っています。また、売主は、単に目的物を引き渡せば良いわけではなく、「種類、品質又は数量」が契約の内容に適合したものを引き渡さなければなりません(契約不適合責任)。
ご相談のケースでは、買主が、売主のご相談者様に対し、収益不動産の売買契約では、契約を結んだ時と同じ賃料収入が見込める状態の収益不動産でなければ、その契約の内容に適合していないはずであると主張しているのだと推察されます。
それでは、収益不動産の売買契約において、契約時の入居者が退去してしまい決済の時までに新しい入居者が確保できずに賃料収入が減ってしまった場合、その収益不動産は「種類、品質又は数量」において契約の内容に適合していないといえるのでしょうか。
2.収益不動産に存する賃借人の退去リスク
確かに、収益不動産を購入しようとする買主にとって、代金額に見合った賃料収入が得られるかは、購入の決断を左右する重要な情報ですから、購入を決めた収益不動産について入居者の退去によって賃料収入が減額するとなれば、買主として不安を覚えるのは無理からぬことです。
他方で、大抵の居住目的の建物賃貸借契約では、入居者(賃借人)は、1か月前に家主(賃貸人)に予告するか、1か月分の賃料相当額を支払うことで、賃貸借契約を解約することができるとされています。
つまり、こうした賃貸借契約が取り交わされている建物については、賃借人が解約の予告により1か月後に退去してしまい、次の賃借人が決まるまで賃料が得られなくなるおそれが常に伴っているともいえます。
3.売買契約時の説明などにより織り込まれた退去リスク
2020年3月号のコラムや2021年5月号のコラムでお話ししましたとおり、不動産の売主が契約不適合責任を負うことを未然に防ぐための方策の1つとして、売主が認識している不動産の欠陥や不具合を明示し、売主が責任を負わない旨を明確にしておくというものがあります。
先ほど申しましたとおり、大抵の居住目的の建物賃貸借契約では、1か月前予告で契約を解約できるとされており、そのことは比較的広く知られていると解されます。
加えて、ご相談者様は、このたびの売買契約を結ぶ前に、買主に対し、各入居者との間の賃貸借契約書の写しとレントロールを交付しています。
それゆえ、買主は、このたびの売買契約の締結に当たり、購入するアパートにおける賃貸借契約が多くの場合と同様1か月前予告で解約できる内容となっていること、ひいては、決済まで約3か月弱の間に賃貸借契約を解約して退去される賃借人の方が生じてしまうおそれがあることを理解していた(少なくとも容易に理解できた)といえます。
以上の買主の理解からすれば、このたびのアパートの売買契約では、買主は、決済までの間に退去する賃借人の方が生じる可能性が元から織り込まれたアパートを購入したといえますから、実際に決済までに賃借人が退去して賃料収入が減額になったとしても、それによってアパートの「種類、品質又は数量」が契約の内容に適合しなくなるわけではないと解されます。
したがいまして、ご相談者様が買主に対して「毎月……万円以上の賃料が今後も必ず得られます。」など一定の賃料収入が得られることを保証した場合や、アパートの修繕を長らく行わなかったなどご相談者様の問題によって入居者様が退去された場合などでない限り、単に売買契約の締結の後から決済までに入居者の方が退去して賃料収入が落ち込んだだけでは、ご相談者様が買主から契約不適合責任を問われることはまず考え難いと解されます。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。