不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
契約締結後に売主である法人のオーナー株主兼代表者が亡くなられた場合の不動産売買契約の取扱い
Q
私は、東京郊外の離れた場所に2棟のアパートを所有し、これらのアパートを賃貸する事業を営んでいる株式会社(以下「当社」といいます)の取締役を務めている者です。当社は、同族経営の会社で、100パーセント株主である父が代表取締役、母が監査役、長男の私と長女の妹が取締役となっていました。もっとも、その経営は、私が別に本業を有していたこともあり、オーナー兼代表取締役の父に任せきりで、3か月に一度の割合で取締役会を開催してはいたものの、実家に顔を出す程度のものでしかありませんでした。
当社の賃貸事業は、建物の老朽化が進んでいたこともあり、あまり収益が芳しくなかったのですが、昨年の年末から、2棟のアパートのうちの1棟とその敷地について、近隣の土地建物とまとめて買い受けたいという宅建業者さん(以下「買主」といいます)が現れたそうで、父が、当社の代表取締役として、仲介に入っている別の宅建業者さんのご協力の下、交渉を進めていました。
その結果、当社と買主とは、2023年1月31日、そのアパートと敷地について、決済日を2023年5月30日とする売買契約を締結しました。
ところが、つい先日の2023年2月26日、父が不慮の事故で亡くなってしまったのです。
売買契約を締結した2023年1月31日の時点では、父は存命でしたし、代表取締役の立場にあったわけですから、売買契約がさかのぼって無効になるということはないと考えているのですが、このまま2023年5月30日を迎えてしまってよいものでしょうか。
なお、父の相続人は、私の知る限り、母、私、妹、弟の4名であり、連絡は繋がるのですが、突然の父の死に、母を始め皆相当なショックを受けており、遺産分割協議を行うには、今少し気持ちの整理が必要な状況です。
A
1.法人が当事者の契約における株主、取締役の関係
このたびの売買契約は、ご相談者様が取締役を務められている会社(以下「貴社」といいます)が当事者(売主)となっているものです。
株式会社は、法人の種類の1つであり、法人とは、自然人(人間、いわゆる「人」)以外で、権利を有し、義務を負う資格が法律上認められたものを指します。
つまり、株式会社は、それ自体が独立して、権利を有し、義務を負うことができる立場にあります。
株主は、株式会社の出資者であって、株主総会において取締役を選んだり、株式会社に利益が生じた場合に配当を受け取ったりする権利を有していますが、株式会社とは別の存在です。
代表取締役は、株式会社の代表者であって、株式会社を代表して、契約の締結を始めとする株式会社としての業務の執行を行うことができますが、やはり株式会社とは別の存在です。
そのため、このたびの売買契約に基づき、売主としての権利を有し、義務を負っているのは、飽くまで貴社という株式会社であって、株主であったお父様でも、代表取締役であったお父様でもありません。
したがいまして、ご相談者様のご指摘のとおり、売買契約の締結後に、100パーセント株主兼代表取締役であるお父様が亡くなられたとしても、株式会社が消滅したわけではありませんので、売買契約の効力に影響はなく、その契約は、なお有効に存続していることになります。
2.決済手続における代表取締役の必要性
他方で、売買契約の効力に影響がないからといって、そのまま何もせずに売買契約の決済日を迎えてよいかは、別問題です。
不動産の売買契約の売主は、決済時に、買主からの売買代金の支払いと引換えに、対象となっている不動産の所有権の登記名義を移転させる手続を行うとともに、不動産を引き渡す義務を負っています。
売主が株式会社の場合、この登記手続を行うには、法務局発行のその会社の印鑑証明書や、その会社の登記簿謄本、司法書士の先生への委任状などを準備する必要がございます。
貴社は、現在、お父様がお亡くなりになられたために、代表取締役がいらっしゃらない状態ですから、委任状を作成するにも、貴社を代表される方がいらっしゃいません。加えて、亡くなられたお父様が代表取締役のままとなっている印鑑証明書や登記簿謄本をそのまま使用するわけにもいきません。
したがいまして、このまま貴社の代表取締役がいらっしゃらないままに決済日を迎えてしまうと、貴社は、売主としての義務を履行することができず、違約となってしまう可能性がございます。
3.今後のご対応について
貴社は、取締役会のある株式会社とのことですから、代表取締役を選ぶには、取締役会を開催する必要がございます(会社法362条2項3号、同条3項)。
ところが、取締役会のある株式会社の取締役の定員は3名、言い換えれば、取締役会を開催するためには3名の取締役が必要なところ(会社法331条5項)、現在、貴社の取締役は、ご相談者様と妹様のお2人しかいらっしゃいません。
そのため、まずは、株主総会を開いて、新たな取締役を選ばなければなりません。
しかしながら、亡くなられたお父様が貴社の100パーセント株主、株式のすべてを保有されていたわけですから、今のままでは、相続人の方のうちどなたがどれだけ株主総会で議決権を行使できるかも決まっていません。
そこで、まずは、貴社の株式だけでも遺産分割協議を行い(遺産の一部だけの分割協議を行うことも認められています。)、貴社の株式をどなたがどれだけ相続するかを確定させる必要がございます。
なお、会社法には、株式を複数人で相続しかつ遺産分割未了の場合など共有の状態に置かれたときに、代表して株主としての権利を行使する者を定めた上で株式会社に対して通知すれば、株主としての権利を行使できるとする規定がございますが(会社法106条本文)、貴社は、現在、代表取締役がいらっしゃらず、その通知を受け取る方もいらっしゃらないので、この規定を活用することは避けられた方がよろしいかと存じます。
4.まとめ
まとめますと、ご相談者様を始めとするご遺族の皆様におかれましては、心中察するに余りありますが、貴社がこのたびの売買契約について違約とならないために、決済日までに、以下の手続を進める必要がございます。
① 貴社の株式に限ってもよいので、遺産分割協議を行う。
② ①の遺産分割協議の結果に従い、株主総会を開き、取締役1名を追加で選ぶ(なお、株主全員が同意すれば、招集通知を送る必要はございません(会社法300条)。)。
③ ご相談者様、妹様に新たに選任された取締役1名を加えた3名で取締役会を開き、代表取締役を選ぶ。
④ 新たな取締役、代表取締役が選ばれたことを、貴社の登記と印鑑証明書に反映させる(これらの登記手続は、司法書士の先生に相談されるのがよろしいかと存じます)。
もし、決済日までにこれらの手続を進められる見込みがない場合には、買主に決済日の延期を申し入れられた方がよろしいかと存じます。
いずれにしても、早急に、売買契約を仲介された宅建業者の方にご報告、ご相談されるのがよいでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。