不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(4)
Q
私が保有する一棟賃貸マンションは、既に築50年を超え、将来の建て替えを見据えて、居住者の方と更新の無い定期建物賃貸借契約を締結しています。定期建物賃貸借契約の残存期間は、最長の方だと約1年6か月あります。
もっとも、近時の建築費の高騰が今後も続きそうであることなどを踏まえ、定期建物賃貸借契約を中途解約して、早期に建て替えを実施したいと考えています。定期建物賃貸借契約書には、賃貸人による解約申入れから3か月を経過すると賃貸借契約が終了する旨の定めがあります。
私は定期建物賃貸借契約を中途解約することができますか。中途解約するには、いわゆる立退料が必要でしょうか。立退料はどのように算定されるでしょうか。
A
1 はじめに
普通建物賃貸借契約の場合、賃貸人は正当事由があれば賃貸借契約を更新拒絶したり、中途解約できます(詳しくは本コラム2019年3月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(1)」を参照してください。)。また、正当事由の一要素として、用対連基準に基づき算出される①借家人補償、②工作物補償、③動産移転料、④移転雑費、⑤営業補償を積算した立退料の提供が必要になります(詳しくは本コラム2023年8月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(2)」を参照してください。)。
ところが、定期建物賃貸借契約は、普通賃貸借契約と異なり、契約の更新がありません(借地借家法38条1項)。定期建物賃貸借契約の満了後に賃貸借契約を継続する場合、契約の更新ではなく、再契約することになります。賃貸人が再契約を拒絶するのに、正当事由や立退料は不要です。
このように、定期建物賃貸借契約は、普通賃貸借契約とは異なる特殊な契約です。そこで、定期建物賃貸借契約を賃貸人から中途解約できるのか、中途解約するには立退料を要するかが問題となるのです。
2 定期建物賃貸借契約中途解約の可否
定期建物賃貸借契約を賃貸人から中途解約することができるか否かについては、①賃貸人に中途解約権を認めることは賃借人に不利な特約として無効である(借地借家法30条)とする見解と、②借地借家法39条1項により同法30条の適用が排除されており、定期建物賃貸借契約においても賃貸人に中途解約権が認められるとする見解があり、定まった見解はありません。もっとも、いずれの見解によっても、定期建物賃貸借契約を中途で合意解約することができることに争いはありません。
実務上、賃貸借契約の中途解約は裁判外での交渉から入り、合意解約を目指しますので、上記見解の相違が交渉に与える影響は必ずしも大きくありません。
3 定期建物賃貸借契約中途解約における立退料の要否
定期建物賃貸借契約を賃貸人から中途解約することができると解する見解には、正当事由について定めた借地借家法28条の適用も排除されており、正当事由は不要であるとするものがあります。この見解によれば、定期建物賃貸借契約の中途解約に立退料は不要となります。
しかし、これでは、借地借家法39条1項は更新が無いことを定めているにとどまるにもかかわらず、定期建物賃貸借契約の賃借人が、中途解約において正当事由(立退料)が不要であると、更新が無い以上に不利益な立場になってしまいます。そこで、定期建物賃貸借契約を賃貸人から中途解約することができると解しつつ、借地借家法28条の適用(準用)し、正当事由が必要であり、正当事由の一要素として立退料が必要であるとの見解もあり得るところです。
実務上、合意解約を目指すにあたり、立退料無しで合意解約できることはほぼありませんので、ここでも、上記見解の相違が交渉に与える影響は必ずしも大きくありません。
4 定期建物賃貸借契約中途解約における立退料の算定方法
普通賃貸借契約の立退料につき、用対連基準に基づき算出される①借家人補償、②工作物補償、③動産移転料、④移転雑費、⑤営業補償を積算しているのは、普通建物賃貸借契約では契約が本来継続することを前提に、契約終了により賃借人が被る損失を補償するものです。
これに対して、定期建物賃貸借契約はいずれ更新無く契約が終了するものですので、定期建物賃貸借契約が中途で終了する場合でも、その賃借人が普通建物賃貸借契約の賃借人と同様の損失を被ることはありません。
定期建物賃貸借契約では、契約終了時における、移転先の契約一時金、内装工事費、動産移転料、移転雑費等は賃借人が負担することが予定されていました。定期建物賃貸借契約の中途解約により賃借人が被る損失としては、残存期間分の工作物の使用利益や通常賃料との差額です。そこで、定期建物賃貸借契約における立退料は、残存期間分の工作物の使用利益や通常賃料との差額をベースにするのが妥当でしょう。
5 最後に
定期建物賃貸借契約の賃貸人からの中途解約については、実務上、定まった見解や運用があるわけではありません。普通建物賃貸借契約の賃貸人からの中途解約に関する実務上の運用を踏まえつつも、定期建物賃貸借契約の特殊性に配慮した取扱いが必要になります。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。