不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
違約金条項がどのような場合に適用されるか
Q
私は、都内の40㎡のマンションの1室(以下「本件居室」といいます)に、妻と息子と一緒に暮らしていましたが、息子が成長するにつれて、本件居室では手狭に感じるようになったため、本件居室を売却して、一戸建てに引っ越すことを決めました。
私は、仲介業者にも協力していただき、とある新婚夫婦(以下「買主」といいます)と本件居室の売買契約(売買代金4000万円。以下「本件売買契約」といいます)を締結し、本件居室を売却しました。
本件居室の売却は滞りなく進み、私は、買主に本件居室を引渡したのですが、その2日後、買主から、「浴室乾燥機が故障している。本件売買契約を締結する際には浴室乾燥機の故障は無いとお伺いしていた。本件売買契約を解除する予定はないが、これは本件売買契約の違約に当たるから、浴室乾燥機の修補と同契約に定める違約金400万円の支払いをしてほしい」との連絡がございました。
浴室乾燥機は長年使用していなかったため、私は、本件売買契約の締結の際、買主に対し、誤って浴室乾燥機の故障は無いと記載した設備表を交付していました。そのため、仲介業者からも説明を聞いたところによれば、私は、浴室乾燥機の故障に関し、本件売買契約の契約不適合責任を負うことになるそうです。
本件売買契約の契約書は、仲介業者から、一般社団法人不動産流通経営協会作成のFRK標準売買契約書(以下「FRK書式」といいます)と同じ内容との説明を受けており、「違約金の額」の欄には、「400万円(売買代金の10%相当額)」と記載されています。
私の説明が誤っていたのはそのとおりですので、私は、速やかに浴室乾燥機を修補する予定ですが、これだけでは足りず、買主に対し、違約金(400万円)の支払いが必要でしょうか。違約金の減額はできないのでしょうか。
A
1 違約金とは
違約金とは、債務者が債務の履行を怠った場合に債権者に対して支払うことを約した金銭のことをいいます。不動産の取引において、違約金の定めについては、重要事項説明の対象となる事項の一つとされています(宅地建物取引業法第35条第1項第9号)。
違約金は様々な趣旨で定められますが、不動産売買で用いられることも多いFRK書式では、損害賠償額の予定を定めたものと解されます。
すなわち、売主又は買主が自身の債務の履行を怠った場合、その相手方は債務不履行による損害の賠償を求めることができるものの、これには、損害の発生や損害の額を証明しなければならず、実際には容易でないこともあります。そこで、このような立証の煩雑さを回避して損害賠償の請求ができるようにするべく、売主又は買主に債務不履行があった場合に、その相手方が損害の発生や損害の額を証明することなく支払いを受けることのできる損害賠償の額を予定しておくのです。
なお、宅地建物取引業者がみずから売主となる宅地又は建物の売買契約においては、買主を保護する趣旨で、契約の解除に伴う違約金(損害賠償額の予定)の額を代金の額の10分の2を超える定めをしてはならず(宅地建物取引業法第38条第1項)、事業者と消費者との間で締結された不動産の売買契約においても、契約の解除に伴う違約金(損害賠償額の予定)の額のうち、事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える部分が無効になるとされており(消費者契約法第9条第1項第1号)、違約金(損害賠償額の予定)の額は、制限される場合があります。
2 どのような場合に違約金条項が適用されるか
不動産の売買契約において、損害賠償額の予定の趣旨で違約金条項が設けられている場合、どのような場合にかかる条項が適用されるかについては、その内容や趣旨をもとに判断する必要があります。
ご相談のケース(FRK書式)では、
(契約違反による解除・違約金)
第16条 売主、買主は、第13条第1項の契約不適合について売主が同条第2項の修補を遅滞した場合を含めて、その相手方が本契約にかかる債務の履行を遅滞したとき、その相手方に対し、相当の期間を定めて債務の履行を催告したうえで、その期間内に履行がないときは、本契約を解除することができます。
2 前項の規定による契約解除において、売主、買主は、その相手方に表記違約金(以下「違約金」という。)の支払いを請求することができます。ただし、本契約および社会通念に照らして相手方の責めに帰すことができない事由によるものであるときは、違約金の請求はできません。なお、違約金に関し、現に生じた損害額の多寡を問わず、相手方に違約金の増減を請求することができません。
との条項がございますので、買主は、本件売買契約を、同契約第16条第1項に基づき解除した場合に限り、同契約で定められた違約金を請求することができます。
そのため、ご相談のケースでは、買主は本件売買契約を解除していないため、ご相談者様に対し、違約金を請求することができません。
なお、詳細は割愛しますが、FRK書式を用いているご相談のケースにおいて、買主による本件売買契約の解除は、同売買契約第16条第1項に基づき、ご相談者様が、浴室乾燥機の修補を期間内に履行しなかった場合に認められることになります。ご相談者様は、浴室乾燥機を速やか修補される予定とのことですので、ご相談者様が実際に速やかに修補した場合には、買主による違約金請求の前提となる本件売買契約の解除もできないとの結論になります。
3 違約金の減額は可能か
仮にご相談者様が浴室乾燥機を修補せず、買主が本件売買契約を解除し、ご相談者様に本件売買契約で定められた違約金を請求した場合、ご相談者様は、違約金の額を争い、減額を主張することができるでしょうか。
これにつきましては、本件売買契約では、相手方に違約金の増減を請求することができないとされているため(本件売買契約第16条第2項)、違約金減額の主張は認められないと考えられます。
たしかに、裁判例の中には、「約定の内容が当事者にとって著しく苛酷であったり、約定の損害賠償の額が不当に過大であるなどの事情のあるときは、公序良俗に反するものとして、その効力が否定されることがあり、また、公序良俗に反するとまではいえないとしても、約定の内容、約定がされるに至った経緯等の具体的な事情に照らし、約定の効力をそのまま認めることが不当であるときは、信義誠実の原則により、その約定の一部を無効とし、その額を減額することができるものと解するのが相当である。」として、発生した損害が軽微であることを理由に、契約で定められた違約金の減額を認める裁判例(福岡高判平成20年3月28日)もございます。
もっとも、ご相談のケースでは、浴室乾燥機は居室における主要設備の一つであり、その故障が軽微な損害とは言い難い上、本件売買契約が解除となれば、買主には仲介業者に支払った報酬や所有権移転登記手続費用等の損害も生じるところ、400万円(売買代金の10%相当額)の違約金をそのまま認めるのが不当とまでは言えないものと考えられます。
4 まとめ
違約金は様々な趣旨で定められ、かかる条項の適用の有無もその内容や趣旨によって異なりますので、今回は、不動産の売買契約において用いられることも多いFRK書式を題材に解説しました。
違約金という言葉を聞くと、売主又は買主の債務不履行さえあれば、その相手方が請求できる金銭とのイメージを抱くかもしれませんが、FRK書式においては、これまで解説したとおり、売買契約が解除されることも必要ですので注意が必要です。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。