不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
成年年齢引下げによる新成人に対する不動産売却の注意点
Q
私は、東京都内に複数のマンションを所有し、その各部屋を賃貸に出しています。そのうちの1棟は、単身赴任者や大学生の入居者が多く、コロナ禍で入居率が低下していましたが、コロナ禍が収束すれば入居率は回復するのではないかと期待しています。ただ、当該マンションは築40年になり、経年劣化が進行しているため、大規模修繕をしなければなりませんが、その費用がなくて先延ばしにしていました。
そこで、近時の不動産価格の高騰で高く売れるのでないかと期待して、上記マンションを相場よりもかなり高めの価格で売りに出していたところ、18歳の若者から買い付けが入りました。
18歳といえば、以前は未成年者でしたが、今では成年年齢の引き下げにより成年になったということですので、この若者に売却することに問題はないでしょうか。
A
1. 何が問題か-成年年齢の引き下げと未成年者取消権-
成年年齢が、2022年4月1日より、20歳から18歳に引き下げられました。これは、18歳、19歳の若年者の自己決定権を尊重し、その積極的な社会参加を促すことが目的とされています。
18歳、19歳の若年者を成年者とすることが自己決定権の尊重につながるのは、未成年者ですと、原則として親権者等の法定代理人の同意がなければ契約できないからです(民法5条1項本文)。法定代理人の同意のない契約は、未成年者や法定代理人が契約を後から取り消すことができます(民法5条2項)。これを、未成年者取消権と言います。未成年者取消権が認められているのは、未成年者は、成年者と比べ、一般に、社会生活上の知識や経験が不足し、判断能力も未熟であると考えられ、未成年者を保護する必要があるからです。
未成年者が、不動産売買のように高額な売買をする場合、実務上、法定代理人の同意を得ていることが多いでしょう。最近は、大学生が起業する例をよく耳にするようになりましたが、いくら本人に十分な社会生活上の知識や経験があり、判断能力が高かったとしても、従来は、18歳や19歳であるというだけで法定代理人の同意が必要であり、法定代理人の同意を得られず不動産売買ができなかったという例もあるかもしれません。このような場合に、法定代理人の同意なく契約ができるようになったことは、上記の成年年齢引き下げの目的に適うでしょう(なお、法定代理人から許された営業に関しては未成年者取消権の対象外です(民法6条1項)。)。
とはいえ、18歳、19歳といえば、まだ高校3年生から大学2年生の年齢です(大学・短大の進学率は2021年度で約59%あります。)。一般には、まだまだ、社会生活上の知識や経験が不足し、判断能力も未熟であることが多いでしょう。それにもかかわらず、18歳や19歳の若年者と特段の配慮なく契約をしていいのかどうかが問題となります。
2. 何に注意すべきか
(1) 適合性原則について
同じ契約をするにあたっての判断能力といっても、例えば、日用品の購入に必要な判断能力の程度と(未成年者でも、お小遣いを原資とする契約は未成年者取消権の対象外です(民法5条3項)。)、オルタナティブ投資に必要な判断能力の程度は異なります。本件マンションの売買のように、収益物件の売買は、金額が高額になりますし、不動産投資に伴うリスクがありますので、買主には相応の判断能力が必要となるでしょう。
投資対象として代表的な有価証券等の金融商品の販売につき、販売者には、投資家に対して、当該投資家の知識、投資経験、財産力、投資の意向等に照らして当該投資家に理解されるために必要な方法及び程度による重要事項を説明しなければならない義務が課せられています(金融サービス提供法4条2項)。これを(広義の)適合性原則と言います。
不動産ファンドではなく、一般的な収益不動産の販売については、金融商品の販売のように、適合性原則が法律で定められているわけではありません。宅地建物取引業者には重要事項説明義務が課せられていますが(宅地建物取引業法35条)、これは、説明の相手方の属性によって重要事項説明の内容を異にするものでありません。
また、成年年齢引き下げの改正法成立時に、参院法務委員会において、若年者の消費者被害を防止し、救済を図るための必要な法整備を行う旨の付帯決議が付されましたが、この法整備はまだされていません。なお、これは法律ではなくガイドラインのレベルですが、成年年齢の引き下げに伴い、適合性原則に則した業務を義務付けられている貸金業者(貸金業法16条3項)につき、若年者への貸付けの契約を締結しようとする場合に限り、貸付額にかかわらず、収入の状況を示す書類の提出又は提供を受けてこれを確認するものとされました。
(2) 説明義務・情報提供義務について
不動産の販売についても、当事者の地位・属性・専門性の有無に照らして、売主に、(宅地建物取引業者であれば重要事項説明義務とは別に、)説明義務・情報提供義務が課せられる場合があります。この当事者の属性には、年齢が含まれると考えられます。例えば、売主がその取引について専門的な知識や経験を有する一方で、買主が若年者でこれらを有さない場合、売主に説明義務・情報提供義務が生じることがあります。
本件の売主は、東京都内に複数のマンションを保有しているとのことですので、収益不動産の保有については専門的な知識や経験を有していると想定されます。他方、買主は、18歳と若年者ですので、これが初めての不動産投資かもしれませんし、十分な資産を有しないかもしれません。そのような状況で、売主が、将来の収益の見通しや修繕の必要性・費用等につき、不確実な情報に基づく説明等をし、相場よりも著しく高額な売買代金で契約をすると、売主は、説明義務・情報提供義務違反を問われ、損害賠償責任を負うことになる可能性があります。
これは売主が高齢者の事案ですが、買主が、判断能力の低下していた売主に対して、不確実な見通しに基づく説明等をし、代金額が著しく低廉であった事案において、売買契約が公序良俗に反し無効とされた裁判例があります(東京地裁平成27年1月14日判決・判例時報2250号29頁)。
3. まとめ
以上のとおり、成年年齢の引き下げにより18歳や19歳の若年者には未成年者取消権がなくなったとはいえ、その契約の相手方には、若年者の知識や経験の乏しさ等に照らし、説明義務・情報提供義務が生じる場合があることに注意する必要があります。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。