不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
住宅ローン返済中の不動産を売却する場合の注意点
Q
私は、10年前に住宅ローンを利用して自宅のマンション(以下「本件建物」といいます。)を購入しました。
私は、その後、順調に住宅ローンの返済を続けていたのですが、ここ数年の原材料費の高騰や世界的な感染症のまん延により私の事業が大きな打撃を受け、収入が減少してしまい、このままでは近く住宅ローンの返済が滞ってしまう見込みです。
そこで、私は、事業を畳んだ上で、本件建物も売却して両親が住む実家に帰ろうと思います。
本件建物の登記を見ると、本件建物には、私の住宅ローンの借入先である金融機関が「抵当権」という権利を付けているようなのですが、私はそれでも本件建物を売却することができるのでしょうか。
A
1.何が問題か
住宅ローンを利用して購入した不動産には、その住宅ローンの借入れをした金融機関が、その返済を担保するため、「抵当権」という権利を付けています。これを「抵当権を設定する」といい、不動産の登記には、その旨が記録されています。
この「抵当権」により、金融機関は、返済が滞った場合にその不動産から優先的に弁済を受けられる権利を有しています。具体的には、その不動産を競売して、競売によって得られた代金から、優先的に住宅ローンの回収をすることができます。
法律上は、不動産に抵当権が設定されていたとしても、第三者へ売却すること自体は可能です。
しかしながら、不動産を第三者に売却したとしても、そこに設定されている抵当権は、消えずにそのまま残ります。
そうなりますと、住宅ローンの借入れをした売主が返済を滞らせた場合、金融機関によりその不動産が競売されてしまい、買主はその所有権を失うことになります。よほど特殊な事情が無い限り、他人の借入れのために設定された抵当権が付いた不動産をそのまま購入する買主はいません。
そのため、通常の不動産の売買契約書では、売主の義務として、抵当権を抹消した上で不動産を引き渡すことが定められます。
売主が抵当権を抹消するためには、抵当権の権利者である債権者(以下「抵当権者」といいます。)の同意が不可欠なのですが、借入れの残額が、不動産の価値を下回る場合と上回る場合では、状況が大きく異なります。
また、実際に住宅ローンの返済が滞ってしまい競売が開始した場合にどのようなリスクがあるかも把握しておく必要があります。
以下では、借入れの残額が、不動産の価値を下回る場合と上回る場合との違いと、実際に競売が開始された場合のリスクを説明いたします。
2.借入れの残額が不動産の価値を下回る場合
借入れの残額が不動産の価値を下回る場合は、売買契約にて設定される売買代金額の方が、借入れの残額よりも多くなるはずです。
そのため、買主からの売買代金の支払いと同時に、その売買代金の一部を使って、借入れの残額を抵当権者に対して一括で返済することができます。
そうなれば、抵当権者は、抵当権の抹消に通常同意するでしょうから、事前に抵当権者との間で、代金支払日を伝え、返済のタイミングの調整などをしておけば、容易に不動産を売却することができます。
3.借入れの残額が不動産の価値を上回る場合
⑴ オーバーローンとは
借入れの残額が不動産の価値を上回る状況のことをオーバーローンといいます。オーバーローンの状況では、買主から支払われる売買代金のみでは、借入れの残額を返済するには足りないことになります。
そのため、別途自己資金や別の金融機関からの借入れにより不足額を用意する必要があります。
また、別の不動産に買い替える目的で不動産を売却する場合には、買替え先の住宅ローンに不足額を加算した買替えローン(住み替えローン)を利用することも考えられます。
このようにオーバーローン不動産の場合は、売却と同時に借入れの残額の不足額を返済する見込みがない限り、抵当権者が抵当権の抹消に無条件で同意することは考えにくいです。
⑵ 任意売却
オーバーローンの不動産にて借入れの残額の不足額を売却と同時に返済できる見込みがないものの、不動産を売却しなければ、近い将来返済が滞る状況にある又は既に返済が滞っている場合、専門の不動産業者や弁護士から抵当権者に対して、事情を説明して交渉した上で、不動産売却のための抵当権抹消に同意を得る方法があります。このような売却方法を任意売却といいます。
抵当権者は、住宅ローンの返済が滞った場合、抵当権を実行して競売を開始することもできますが、一般的に競売では、市場で売却するよりも低い金額で不動産が売却される傾向にあります。
そのため、抵当権者からすれば、競売で売却するよりも市場での売却である任意売却の方が、高い額で売却でき、より多くの住宅ローンを回収できる得なケースもあるため、任意売却の交渉をする余地があります。
ただし、任意売却によってオーバーローンの不足額(借入れの残額の不足額)の返済義務が免除されるわけではありません。そのため、今後、不足額をどのように支払うか、長期間の分割弁済とするかなどについて、抵当権者から承認を得られるよう交渉することが任意売却のポイントとなります。
また、任意売却が必要になる状況では、複数の抵当権が設定されている場合や税金等の滞納により公的機関から不動産が差し押えられている場合もあります。その場合、任意売却の交渉においては、各抵当権者や公的機関への弁済額、不動産売却にかかる諸費用(仲介手数料や登記費用など)について配分表を作成した上で、各債権者から承諾を得ることが必要になります。
なお、任意売却では、債権者との交渉により、売却代金から所有者の転居のための引越し費用の配分が受けられることもあります。
4.競売が開始した場合のリスク
⑴ 競売の開始
住宅ローンの返済が一度滞った程度では競売が開始されることはまずありませんが、各金融機関によって扱いは異なるものの、おおよその目安として6か月以上滞納が続いた場合、競売が開始される可能性が非常に高くなります。
⑵ 執行官の訪問
競売が開始された場合、裁判所から任命された執行官が自宅を訪問し、立入り調査が行われることになります。
この立入り調査には強制力があり、拒否した場合でも専門の業者に鍵を開けさせて調査が実行されてしまいます。
⑶ 競売による減価
上記のとおり一般的に競売では、市場で売却するよりも低い金額で売却される傾向にあることから、競売の結果、市場で売却した場合に比べて多額の借入残額が残ってしまうリスクがあります。
⑷ 競売開始後の任意売却の期限
競売の開始後に任意売却の交渉をすることも可能です。
ただし、競売は裁判所が決めたスケジュールに従って手続が進行するため、どんなに遅くとも抵当権者の意思により競売を取り下げることができる開札期日(競売は入札方式のため、その結果を確認し落札者を決定する開札期日がございます。)の前日までには、任意売却を完了する必要があります。
そのため、競売開始後の任意売却では、競売手続の期限に従って、迅速に買主を探して、抵当権者と交渉する必要があり、売却活動に時間を掛けることはできません。
5.まとめ
本件では、不動産業者に本件建物の査定を依頼して、相談者様の住宅ローンの借入残額が、本件建物の価値を下回るか把握することが、第一に重要となります。
その上で、オーバーローンの場合、ご相談者様が事業の廃業とともにご自宅の売却を決意された経緯からすれば、返済の不足額を別途用意することは難しいでしょうから、任意売却を視野に入れた検討が必要となります。
また、実際に住宅ローンの返済が滞り、競売に至ってしまった場合には、上記4のようなリスクが生じ、本件建物をより高値で買ってくれる買主を探すための売却活動に時間を掛けることもできません。
したがいまして、近く住宅ローンの返済が滞ることが見込まれる場合は、ご相談者様の意向に沿った売却を実現するためにも、早めに不動産の売却に精通した仲介業者に相談することが重要です。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。