不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
認知症の進行が疑われる方の不動産を売却する際の注意点
Q
今年で90歳になる私の父は、現在自宅を離れ、老人ホームに入居しています。そんな父が、1週間ほど前から、私に対し、もう自分は自宅には戻れないので、誰も住んでいない自宅を売却したいと言い始めました。
しかしながら、父には認知症が疑われ、簡単な計算もおぼつかない時があり、現在定期的に医師の検査を受けております。
土地建物を売却するには契約書を始め色々な書類の取交しが必要になると思いますが、このような状況の父が、その所有している自宅の土地建物を売却することができるのでしょうか。
A
1.認知症や精神疾患を疑われる人が契約を行う場合のリスク
土地建物を売却する不動産売買契約を始め、契約を結ぶ際には、契約を締結する人に、自分の結んだ契約からどのような法的な効果が生じるのかを判断できる能力が必要であると解されています(この能力を「意思能力」といいます。)。自分の結んだ契約から生じる法的な効果が分からない人に、その契約によって生じる責任を負わせることは酷だからです。
それゆえ、意思能力のない人が結んだ契約は、無効となると解されています。土地建物を売却する不動産売買契約であれば、土地建物を売却することができないこととなります。
認知症や精神疾患が疑われている人の場合、その症状によっては、この意思能力を有していないことが疑われます。
そのため、お父様がそのままご自宅の土地建物を売却される契約を結ばれた場合、後になって、当時のお父様には意思能力がなかったと主張され、契約が無効か有効か争われてしまうおそれがあります。
しかしながら、お父様に意思能力がないことが疑われるからといって、お父様の意向に沿ってご自宅を売却することができないままとなるのは、適切ではありません。
そこで、このような状況でもお父様の所有する土地建物を売却するための方法として、家庭裁判所に成年後見申立てを行い、成年後見人を選任する方法がございます。
2.成年後見制度の目的と成年後見人の権限
精神上の障害により、自己の行為の結果が有利か不利かを判断する能力(これを「事理弁識能力」といいます。)を欠く常況にある者がいる場合、その者の親族等は、家庭裁判所に対し、成年後見人を選任するよう申し立てること(成年後見の申立て)ができます(民法7条)。
家庭裁判所がこの申立てを認めて選任した成年後見人は、本人(「成年被後見人」ともいいます。)のため、本人の財産を管理するとともに、その財産を用いて本人を療養看護し、その者を保護します。
なお、精神上の障害による事理弁識能力の低下の程度が後見に比べ軽度なものとして「補佐」又は「補助」の制度もありますが、説明の便宜上、以下では後見を例にご説明させていただきます。
成年後見人は、本人の財産を管理する義務がありますので、その財産を本人に代わって管理処分する権利(包括的代理権)を有します(民法859条)。
それゆえ、成年後見人は、本人の代理人として、本人の財産を売却する契約を有効に行うことが可能になります。
加えて、本人が成年後見人に無断で行った売買契約が、本人の財産保護に適しないものである場合には、日用品の購入など日常生活に関するものでない限り、成年後見人の判断で、その売買契約を取り消すこともできます(民法9条)。
成年後見人には、親族や弁護士など専門職が選任されますが、本人の身近で親族が支援している場合には、その親族を成年後見人とすることが望ましいと考えられているようです(平成31年3月18日付け厚生労働省公表資料における最高裁判所の見解参照)。
3.居住用不動産の売却
ただし、成年後見人が選任されたとしても、居住用不動産を売却する場合は、家庭裁判所の許可が必要とされています(民法859条の3)。
居住環境の変化は、本人の精神面に多大な影響を与えるものとされているためです(ご相談のケースでも、お父様がお母様と長年過ごされた自宅がなくなってしまうことが、お父様に思わぬショックを与えてしまう可能性もございます。)。
裁判例によれば、居住用不動産とは、現に被後見人が居住しておらず、かつ、居住の用に供する具体的な予定がない場合であっても、将来において生活の本拠として居住の用に供する可能性がある建物であれば、これに含まれると解されております。
したがいまして、高齢者介護施設等に入居中であっても、将来において居住する可能性がある限り、居住用不動産に該当する可能性があります。
4.まとめ
お父様は簡単な計算もおぼつかない時がお有りとのことですので、お父様がそのままご自身のご自宅の土地建物を売却される契約を結ばれることは、後になって、お父様の意思能力、ひいては契約の有効性が争われてしまうおそれがあります。
それゆえ、お父様のご意向に沿ってご自宅を売却するためには、家庭裁判所にご子息であるご相談者様又は弁護士など専門職の者などを成年後見人として選任してもらうよう申し立て、さらに、選任された成年後見人から、お父様のご自宅の売却につき家庭裁判所に許可を得るよう申し立てる手続を執る必要があります。
以上の手続には数か月を要することもございますので、仲介業者とも相談しながら、十分な余裕をもって手続を進められることが肝要です。
加えて、成年後見人は、本人の財産目録の作成や事務の状況の報告など、本人のために適切な事務を行うための様々な義務を負いますので、ご相談者様が成年後見人として選任されることを前提に申立てをなされる場合には、選任後にまずすべきことを、家庭裁判所の案内を通じてしっかりと確認しておくことも重要です(家庭裁判所では、ハンドブックなど成年後見人に就任される方用の冊子を配布しています。)。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。