

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
建物売却時に用いられる即決和解とは
Q
私は、東京都23区内にそれほど広くはありませんが土地建物を有している者です(以下、建物のことを「自宅」といいます)。
私が自宅を建ててこの土地に住み始めてから40年以上が経ち、木造の自宅もかなり老朽化が進んできました。
そんな中、とある不動産開発事業者(デベロッパー)さん(以下「買主さん」といいます)がこの土地の近隣の再開発に取り組まれており、土地建物を売ってくれないかとのお誘いがありました。
正直に申しますと、40年来住んでいる自宅とその敷地を手放すことに躊躇いがなかったといえば嘘になります。一方で、買主さんから、一般的な相場よりもかなり高い金額の提示を受け、老後の生活に少々の不安を感じていた私たち夫婦にとって、魅力的な話でもありました。
既に子どもたちも独立していたこともあり、私は、妻と相談した結果、買主さんに自宅とその敷地である土地を売却することとしました。
今のところ、2025年6月2日に契約書に押印、買主さんから手付金をお支払いいただき、2025年9月1日に、買主さんから手付金を除く代金を受け取るのと引き換えに、私たちが買主さんに自宅とその敷地を引き渡すとの条件で話が進んでいます。
他方で、買主さんから、この日程を決める際に、条件として、耳慣れない内容を提示されています。
具体的には、買主さんから、「当社の開発計画に支障が生じないよう、2025年9月1日には必ずご自宅を退去していただく必要がある。そのため、万一の場合に備えて、お手数をお掛けするが、『即決和解』の手続にご協力いただきたい。手続費用は全部こちらで負担する」と言われました。
買主さんからは今後更に詳しいご説明があるとは思いますが、「即決和解」の手続というのが一体どのようなものなのか、私は全く聞いたことが無いので、不安を感じています。
ご教示いただけますと幸いです。
A
1.即決和解とは何か
即決和解とは、民事的な争いについて、訴える前の段階で、当事者が裁判所(簡易裁判所)に赴いて行う和解のことです。
裁判所において和解が成立すると、和解調書という書面が作成され、その和解に「強制力」という効力が発生することとなります。具体的には、一方の当事者が和解にて合意した内容に違反した場合、もう一方の当事者は、その和解を根拠として、和解の内容を強制的に実現するための手続(強制執行といいます)を執ることができます。
和解と聞くと、当事者の間で何か争いがあって、その争いを話合いによって解決するために行われるものであるとご想像される方が多いと思われます。
しかし、即決和解は、争いがあるときに限らず、当事者の間であらかじめ合意されているものについて、裁判所での和解を通じて確約し、強制力を持たせるために活用されることもあります。
2.なぜ買主は即決和解を望んでいるのか
ご質問者様のケースにおいて、なぜ買主は即決和解を望んでいるのでしょうか。
まず一つ目の理由は、仮に売主が決められた日に土地建物を明け渡さなかった場合、即決和解をしていた方が、即決和解をしていない方よりも早く強制退去の手続を済ませることができるからです。
即決和解をしていない状態で、ご質問者様が何らかの理由で2025年9月1日に本件土地建物を出ていかなかったとしましょう。
買主は、本件土地を事業のために使いたいのですから、売主には本件建物から直ちに出て行ってもらう必要があります。そこで、買主は、売主を強制的に退去させる手段として、売主に対して「本件建物を退去して本件土地建物を明け渡せ」という趣旨の訴えを提起することとなります。
しかし、買主が訴えを提起してから勝訴判決を得るまでには、長い時間がかかります。場合によっては、1年以上かかることもあるでしょう。また、勝訴判決を得られるかどうかも不確実です。買った土地をすぐに事業に使いたい買主にとってそのような長時間を要し、かつ、不確実な手段を採ることは大変不都合です。
一方で、即決和解をした状態で、ご質問者様が2025年9月1日に本件土地建物を出ていかなかったとしましょう。
1で述べたとおり、即決和解には強制力がありますから、買主は、直ちに強制執行の手続に入ることができます。強制執行の手続が始まってから終了するまでの期間は、事案によって異なるものの、大体1か月半程度です。即決和解をしていない場合と比較すると、必要となる期間の長さが圧倒的に短いことが分かります。
買主としては、売主が明渡日に退去しなかった場合でも極力早く強制退去を実現し、事業計画に支障を来さないようにするために即決和解を望んでいるのだと考えられます。
二つ目の理由は、即決和解をすることで、明渡日に本件土地建物を明け渡す事実上の圧力をかけることができるからです。
本件の即決和解ですと、「売主は、買主に対し、2025年9月1日限り、本件建物を退去して本件土地建物を明け渡す。」といった旨の文章が和解調書に記載されると予測されます。売主であるご相談者様としては、この日までに明け渡さないと強制的に退去させられるという心理的な圧力が掛かることになり、明渡日に本件建物を明け渡す動機が発生します。買主は、事業計画をスムーズに進めるために、明渡日に約束通り本件土地建物を退去してもらう必要がありますから、即決和解を望んでいるのだと考えられます。
三つ目の理由は、即決和解をしている方が金融機関からの融資を受けやすいからです。
不動産開発事業は、多額の資金が必要になりますから、買主が金融機関から開発費用の融資を受けようとしている可能性があります。その場合、買主は、即決和解で、明渡日に建物を退去してもらうことをより確実にすることで、売主が退去する前であっても金融機関からの融資を受けやすいというメリットが得られます(第一東京弁護士会法律相談運営委員会編著(2015)『弁護士が悩む不動産に関する法律相談(初版)』410頁。)。
3.ご質問者様は即決和解に応じるべきか
本件では、即決和解は買主側の費用で行うとのことですから、ご質問者様に金銭的な負担はありません。ご質問者様の方で、2025年9月1日に退去することにご異存がないのであれば、即決和解に応じるご選択も十分にあり得るかと存じます。他方、1でも述べたとおり、即決和解には強制力がありますので、病気や仕事等のやむを得ない事情で明渡日に退去ができなかったとしても、強制執行をされてしまうというリスクはございます。そのため、即決和解に応じられる前に、このような事情が生じる可能性がないかをしっかりとご検討された方がよろしいかと存じます。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。