不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
収益不動産を入居者のいるまま売却する際の注意点
Q
私は、15年ほど前に父から相続した自宅近くの土地に総戸数4戸のアパートを建築して、各部屋を人に貸して賃料収入を得ていました。
このたび、私は、勤めている会社を定年退職することを機に地方に引っ越すことを計画しており、そうなりますと遠地のアパートを管理するのも大変ですので、自宅の土地建物に加えて、このアパートもまとめて売却したいと考えております。
他方で、アパートには現在も大学院生や若いサラリーマンの方が入居されており、現在もその方たちから敷金もお預かりしている状態です。
この状態でアパートを売却するにはどういった点に注意すればよいでしょうか。
A
1.収益不動産を売却した場合の賃借人との関係
売却に当たっての注意点を説明差し上げる前に、収益不動産(賃貸物件)を入居者(賃借人)のいるまま売却した場合に、売主、買主及び賃借人の関係がどうなるか整理しておきましょう。
賃貸物件では、入居者(賃借人)が、所有者である売主と賃貸借契約を締結した上でそこに居住しています。
この場合、賃貸物件が売却により所有者が変わり、登記手続も完了したとしても、賃貸借契約は終了せず、賃借人は、その賃貸物件に継続して住み続けることができます(借地借家法第31条、民法605条の2第1項)。
つまり、賃貸物件の買主は、その物件の賃貸借契約を引き継ぎ、賃借人を引き続き住まわせなければなりません(なお、売主と買主とで別段の合意をした場合の取扱いとして民法605条の2第2項参照。)。また、賃貸借契約が終了した場合には、賃貸人は、賃借人から預かっていた敷金を返還しなければいけませんが、その義務も、売主から買主に引き継がれます(民法605条の2第4項)。
他方で、賃貸物件を売却する際に、入居者(賃借人)にわざわざ承諾を得ることは不要ですし、買主は、その物件の登記手続を完了させた後であれば、賃貸借契約の賃貸人の地位を引き継いだ者として、賃借人から賃料の支払いを受けることができます(民法605条の2第3項)。
2.収益不動産を売却する場合の注意点
以上を踏まえますと、収益不動産を売却する場合に特に注意した方がよい点として、以下のものが挙げられます。
①賃貸借契約の内容等の説明義務
まずは何といっても、売主にて、その収益不動産の賃貸借契約の内容等を説明しなければならないことです。
先ほど申しましたとおり、買主は、その収益不動産を買い受けることで賃料収入を得ることができますから、代金額に見合った賃料収入が得られるかは、買主がその収益不動産を購入するか否かを左右する重要な情報です。
裁判例においても、「賃貸に供している不動産を賃借人が入居・使用する状態のままで売買の対象とする場合、その賃貸借契約の内容はもちろんのこと、賃借人の経済状態、賃料の滞納の有無、過去の賃料改定の経緯は、当該不動産をいかなる価格・条件で購入するかを決定する上で、重要な判断材料となり得るものである」として(東京地裁平成24年11月26日判決)、これらの情報について、正確な情報を提供しないと買主が判断を誤るおそれがあると売主が当然に認識すべき場合等には、売主にて(把握できる限りで)正確な情報を提供しなければならないとされています。
通常、収益不動産を売却するに当たっては、各入居者との間で取り交わした賃貸借契約書に加え、賃貸借契約の内容を始めとする上記の内容が一覧表となった「レントロール」という書面を交付します。その際に、例えば家賃を数か月以上も滞納していたり、契約書の記載とは異なる額の家賃とする合意を口頭でしていたりする入居者(賃借人)がいるにもかかわらずそのことを買主に説明しなかった場合には、売主に契約不適合責任又は説明義務違反の責任を問われるおそれが生じますので、注意が必要です(契約不適合責任の詳細は2020年4月号のコラムを、説明義務違反の責任の詳細は2020年8月号のコラムをご覧ください。)。
なお、もし入居者(賃借人)との間で口頭にて合意はしたものの書面を取り交わしていないものがあれば、説明漏れや後日の買主と賃借人との紛争を避けるため、できるだけ売却の前に、契約書や合意書など合意の内容を落とし込んだ書面を賃借人との間で取り交わしておいた方がよいでしょう。
②敷金の取扱い
また、冒頭で申し上げましたとおり、収益不動産を売却した場合、賃借人に敷金を返還する義務が、売主から買主に引き継がれます。
そのため、売主は、買主に対して、(先ほどの①の賃貸借契約の内容等に含まれるともいえますが)賃借人から預かっている敷金の額についても正確な情報を提供する必要がございます。
その上で、通常は、売主から、買主に対して、賃借人から預かっている敷金をそのまま引き継ぐことになります(売買代金の決済時に、売買代金から敷金の金額を差し引いた金額を、買主から売主に対して支払う形で処理することが多いと思われます。)。
③建物の現状確認の難しさ
加えて、現在入居者のいる建物の場合、それぞれの居室の中に立ち入って建物の現状を確認することは難しくなります。
そのため、建物内の内部設備のどこが破損しているか、どれだけ老朽化しているかなど売主においても十分に把握しきれないところが生じてしまいます。
売却に当たっては、後で買主から「ここまで老朽化しているとは思わなかったし、売主からも大丈夫と言われた。」などと主張されないよう、売主にて把握できる情報、把握できない情報があることを整理した上で、買主にできるだけ正確な情報を提供するよう努めた方がよろしいかと存じます。
3.まとめ
以上簡単ではありますが、収益不動産の売却に際して特に注意した方がよいと思われる点を何点か挙げさせていただきました。
収益物件は、購入により収益が得られるという魅力がある一方、買受希望者の方も、その収益を見込んで購入を検討するため、それだけ売主の立場でも注意すべき事項が増えることになります。
先ほど申し上げたレントロールの作成や敷金の引継ぎの手続など、専門家のサポートなしにはご対応が難しいものもございますので、早めに宅地建物取引業者の方にご相談されるのがよろしいかと存じます。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。