不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
相続登記が数代にわたって行われていなかった不動産の売却(1)
Q
昨年、父が亡くなったため、遺品を整理していたところ、父の名前ではない土地の権利証が見つかりました。登記記録を取り寄せたところ、私の父方の曽祖父が所有者として登記名義人になっている不動産があることがわかりました。曽祖父は戦後間もなく亡くなったため、混乱期で相続手続をしなかったのかもしれません。調べたところ、この土地は、最近、近くにショッピングモールや日帰り温泉ができ、地価が急激にあがっているようです。登記記録には、聞いたことがない人物が大正12年に抵当権の設定を受けており、債権額は50円と記載されています。このような土地でも売却することができるでしょうか。
A
1 相続登記未了の不動産
(1) 相続人の確定
相続により不動産を取得し、その相続登記を行うと、その取得した不動産の所有権を第三者に対し主張できることになります。もっとも、相続登記を行わなくても罰則がない一方、相続登記をするには登録免許税を納付する必要がありますから、相続登記が行われないままになってしまう不動産も少なくありません。また、ご質問のケースのように、戦後の混乱期に、相続人の生活に必要不可欠でなかった土地の相続登記が行われなかったとしてもやむを得ないところです。
売却に際し、買主が所有権移転登記を望むのは当然ですから、売主としては、所有権移転登記ができる状態にする必要があります。
一般に、相続登記がされていない不動産を売却し、所有権移転登記をするためには、所有権移転登記に先立ち(または同時に)、相続登記を行う必要があります。これは、相続登記が数代にわたって行われなかった不動産についても同様です。
この相続を行うためには、相続人を確定し、その相続人全員から不動産を売却することの同意を取得する必要があります。
そこで、相続人確定のため、戸籍を取り寄せ、家系図を作成していきます。ここで注意すべきなのは、相続が発生した当時の民法の規定に従って家系図を作成し、相続分を算定する必要があることです。例えば、ご質問の曽祖父が昭和22年5月2日以前に亡くなった場合、家督相続となり、原則として長男が全ての財産を相続することとなります。平成25年9月5日以降は現在の民法の規定どおりです。この間、民法(相続法)が数度の改正を経ているため、家系図の作成と相続分の算定は、専門家の協力を得ながらの方が無難です。
なお、戦災等で戸籍が消失し、市役所等が戸籍謄本等を交付できない場合は、市役所等からその旨の告知書の発行を受け、他の相続人がいないことの証明書を相続人全員の署名押印付で作成すれば、相続登記の申請が可能です。相続人がいることは間違いないが、郵便が届かず、連絡が取れない場合は、不在者財産管理人を付けることも検討する必要があります。
(2) 相続人の同意取得
他の相続人としても、これまでその土地について相続登記を行ってこなかったわけですから、特段その土地の利用を希望する可能性が低く、相場相当の金額で売却することができれば、土地の売却に消極的であることは少ないように思われます。
他の相続人の同意が得られた場合は、具体的に、売買契約の締結へと手続を進めていくことになります。相続人が複数いる場合、その土地は、その相続分に応じ共有状態となりますから、その全員が売主となり得ます。このままで手続を進めるのは複雑なことが多いので、新たに遺産分割協議書を作成し売主を一人に絞る方法や、代表者(代理人)を定め、相続人の一人が売買契約書に調印するなどの方法が考えられます。
2 抵当権の抹消
買主としては、抵当権の実行(競売)が行われる事態を回避するために、抵当権が付いていない状態での所有権の移転を望みます。そのため、売主は、この抵当権設定登記を抹消した上で、この土地の所有権を移転する必要があります。
売主自身が抵当権を設定した場合ならば、貸主(抵当権者)に借り受けた金銭を全額弁済して抵当権設定登記の抹消登記を行うこととなりますが、長期間放置され、抵当権者の所在も分からないような抵当権設定登記をどのように抹消するかがここでの問題です。
この問題については複数の方法が考えられるところです。抵当権者の相続人が分からない場合で代表的な方法は、元本、利息、遅延損害金の全額を供託した上で、抵当権設定登記の抹消登記手続を行う方法です。この遅延損害金は弁済期から供託日までの分全額ですが、貨幣価値を現在のものに換算する必要はありません。ご質問のケースのように債権額が50円ならば、供託すべき金額は、数百円で足りる場合がほとんどでしょう。
こうした手続を経ることで、抵当権設定登記の抹消登記を実現することができます。
3 まとめ
相続登記が数代にわたって行われていない不動産の売却も可能です。ただ、戸籍の取り寄せをはじめ、供託手続など手続が複雑になる可能性があります。専門家のアドバイスなどを踏まえ手続を進めることをお勧めします。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。