不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
契約不適合責任を制限する不動産売買契約の注意点
Q
私は、不動産賃貸を行う小さな会社(宅地建物取引業者ではありません。)の代表をしておりましたが、80歳を過ぎて後継ぎもいないため、保有する不動産を売却して会社を畳もうと考えております。
買主は、法人でも個人の方でも構いませんが、賃借人がいる物件ですので、購入後は賃貸事業を引き継いでいただくことを想定しています。
築年数が20年以上の物件のため何らかの不具合がある可能性もありますが、私は高齢ですので、後から契約不適合責任(※)を問われて会社の清算が長引いてしまいますと困ります。
そこで、売買契約には売主の契約不適合責任を免責する特約を設けたいと思っておりますが、可能でしょうか。
※契約不適合責任:令和2年4月1日施行の改正民法により、かつての瑕疵担保責任は「契約不適合責任」に変更されました。
A
1.契約不適合責任を免責することができるか~原則と例外
令和2年4月1日より施行された改正民法では、改正前の瑕疵担保責任に相当する規定として「契約不適合責任」が定められました(なお、この「契約不適合責任」の詳細は、先月号のコラムをご参照ください)。
この「契約不適合責任」においては、従前の瑕疵担保責任で認められていた解除権、損害賠償請求権に加えて、追完(目的物の修補、取替え、不足部分の引渡し)請求権、代金減額請求権が民法上認められています。
また、種類又は品質に関する契約不適合を理由とする場合に、買主が、売主の契約不適合責任を追及するためには、契約不適合を知った時から1年以内に売主に通知をする必要があるとされています(改正民法第566条)。
以上のような契約不適合責任も、改正前の瑕疵担保責任と同様に当事者の合意により特約を定めることで、民法上の責任を免除したり、責任の範囲や行使期間を制限したりすることが可能であると考えられています。
もっとも、不動産の売買は、売買金額が大きな取引となることなどから、買主保護の観点に立ち、契約不適合責任を免除又は制限する特約を定めることに対して、法律上一定の規制があります。
2.宅地建物取引業法上の規制
まず、宅地建物取引業者(以下「宅建業者」といいます。)が、自ら売主となる宅地又は建物の売買契約においては、宅建業者から宅地や建物を買い受ける買主を保護する観点から、以下の規制があります。
すなわち、種類又は品質に関する契約不適合を担保すべき責任に関して、先ほど述べた買主が売主に通知をする必要がある期間を、引渡し日から2年以上にする特約を除き、民法第566条の定めより買主に不利となる特約はしてはならず、これに反する特約は無効となります(改正宅地建物取引業法(以下「宅建業法」といいます。)第40条第1項、第2項)。
例えば、契約不適合責任を免責とする特約、契約不適合責任による権利行使期間を引渡し日から3か月以内とする特約、契約不適合責任により買主が行使可能な権利を追完請求権に限る特約などは、無効となります。
なお、買主も宅建業者である場合は、宅建業者同士の取引となり特に買主を保護する必要がないため、宅建業法第40条第1項、第2項の規制は受けません(宅建業法第78条2項)。
3.消費者契約法上の規制
また、消費者契約法においても、売主が事業者、買主が消費者の場合、消費者を保護する観点から、以下の規制があります。
すなわち、売主である事業者の契約不適合責任による損害賠償責任の全部又は一部を免除する特約は、事業者に対する追完請求権又は代金減額請求権がある場合(他の事業者が損害賠償責任又は履行の追完責任を保証する場合も含みます。)を除き、無効となります(改正消費者契約法第8条第1項1号、2号、第2項)。
消費者契約法は、「事業者」と「消費者」の取引に適用されるため、買主が「消費者」に該当するかに注意する必要があります。
法人は、当然に「事業者」として扱われる一方、個人の方の場合、当然に「消費者」と扱われるものではなく、事業として又は事業のために契約の当事者となる場合は、「事業者」として扱われることもあります。
ただし、いわゆるフリーランスの方や個人商店を経営している方であれば直ちに「事業者」として扱われるわけではありません。消費者契約法の目的が、消費者と事業者との間の、情報の質及び量や交渉力の格差を是正することにあるため、個人の方が「事業者」であるか「消費者」であるかは、その契約における、相手方事業者との情報の質及び量並びに交渉力の格差も加味して個別に判断されるべきと解されているためです。実際にも、投資目的で不動産を購入した個人の方に対し不適切な勧誘が行われたケースにて、その個人の方を投資によって利益を得る目的を有していた「事業者」であるとは考えず、「消費者」であるとした裁判例もございます。
したがって、同一の個人であっても、契約によって、「事業者」として契約当事者となる場合と「消費者」として契約当事者になる場合があり得ます。
例えば、個人が賃貸用不動産の経営を行っている場合、賃貸借契約における賃借人との関係では、「事業者」になると考えられますが、賃貸用不動産の売買契約における売主たる不動産販売業者との関係では、当然に「事業者」とは判断されず、情報の質及び量並びに交渉力の格差によっては「消費者」となり得ます。
4.まとめ
本件では、不動産の売主が宅建業者ではないため、宅建業法の適用は受けませんが、買主が個人の場合は、消費者契約法の適用を受ける消費者に該当しないかを検討する必要があります。
本件物件は、賃貸用不動産であるため、買主は購入後、賃貸人としての地位を引き継ぐことになります。
もっとも、買主が個人の場合は、賃貸人の地位を引き継ぐことのみによって事業者と判断されるわけではなく、不動産売買に精通しているなど売主との情報の質及び量並びに交渉力の格差がない場合でない限り、消費者契約法の適用を受ける消費者に該当する可能性があります。
したがいまして、買主が個人の場合は、既に複数の賃貸用不動産にて賃貸事業を運営しているなど不動産関連事業に精通している場合でない限り、売主の契約不適合責任(民法改正前の瑕疵担保責任)を免責する特約を設けることは、消費者契約法により無効となり得るため、まずは法人を第一に買主を探索されるのがよいでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。