

不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
サブリース物件を売却する際の注意点(2)
Q
私は、賃貸マンションの一室(以下「本件建物」といいます)とその敷地を所有しており、いわゆるサブリース業者との間で本件建物の賃貸借契約(以下「マスターリース契約」といいます)を締結して、サブリース業者が入居者との間で転貸(又貸し)する転貸借契約(以下「サブリース契約」といいます)をする形で、本件建物から収益を上げています。
マスターリース契約を解約するためには、「正当事由」が必要であり、サブリース業者に対して「立退料」を支払うことも想定しなければならないとのことですが(本コラム2020年10月号「サブリース物件を売却する際の注意点」)、この「立退料」はどのように決まるのでしょうか。
A
1 サブリース契約とは
サブリース契約とは、賃貸人(オーナー)とサブリース業者が賃貸借契約(マスターリース契約)を締結し、サブリース業者が賃借人(転借人)に転貸する契約のことを指します。サブリースにも様々なものがございますが、一般的には、賃貸人(オーナー)にとって、入居者の有無にかかわらずサブリース業者から一定の賃料が保証されている点や、入居者の募集や賃料の集金管理についても任せられる点がメリットとされています。
2 何が問題か
本コラム2023年8月号「空室にしてから収益不動産を売却する際の注意点(2)」にて、近時の裁判では、耐震性能不足の営業用の収益建物について、いわゆる「用対連基準」に基づいて「立退料」を算定することが多いことを説明いたしました。
「用対連基準」において補償される項目は以下のとおりであり、この基準によれば、「立退料」が賃料の数年分となる場合も多々あります。
①借家人補償(家賃差額、一時金(礼金、敷引等))
②工作物補償
③動産移転料
④移転雑費(仲介手数料、本店移転登記費、移転通知費等)
⑤営業補償(営業休止補償、得意先喪失補償等)
もっとも、これらの補償項目は、一般的なサブリース業者には当てはまらない点が多いと思われます。サブリース業者は、自身で建物を使用していないため移転費用が生じず、また内装に変更を加えることも通常ないため、工作物補償も生じないためです。そのため、マスターリース契約の解約において、「立退料」がどのように算定されるのかがここでの問題点です。
3 マスターリース契約を解約する場合の「立退料」の検討
マスターリース契約を解約する場合の「立退料」の算定方法については、裁判例に乏しく、基準が存在しないのが実情です。
もっとも、この場合の「立退料」については、以下の観点から検討することができます。
(1)「立退料」の法的な位置づけからの視点
「立退料」の法的な位置づけを整理しますと、「立退料」は、賃貸人と賃借人双方の建物を使用する必要性等を踏まえた「正当事由」の総合判断において、これを補完するものです。
サブリース業者(マスターリース契約の賃借人)の建物の使用を必要とする事情が、転貸により経済的利益を得ることに尽きるとすれば、建物を使用する強い必要性があるわけではないとの判断もあり得ます。この場合、「正当事由」が肯定方向に傾くため、一般論で言えば、これを補完する「立退料」は、その分低額になると考えられます。
裁判例では、サブリース業者の建物の使用を必要とする事情が経済的利益を得ることに尽きること、また、マスターリース契約に3か月分の賃料に相当する額を支払うこと等により賃貸人が解約権を行使し得る旨の定めを置いており、サブリース業者においてこれを超える経済的利益を当然に確保することを期待し得るものではないこと等を指摘し、マスターリース契約を解約する場合の「立退料」を、同契約の賃料の6か月分相当額とした例がございます(東京地判令和5年4月27日判決)。
また、サブリース業者は建物を賃貸(転貸)して賃料を得ているにすぎないものであるから、本件建物を使用する必要性としては,本件建物を転貸して経済的利益を得ることに尽きるところ、その経済的利益は月額3万3000円(マスターリース契約の賃料とサブリース契約における賃料(転貸料)との差額)にすぎず、マスターリース契約の終了によってサブリース業者の経営に影響を及ぼすような重大な不利益が生ずるものとは認められないこと等を指摘し、マスターリース契約を解約する場合の「立退料」を、同契約の賃料の5か月分相当額とした例がございます(東京地判平成27年8月5日)。
これらの裁判例は、あくまで事例判断であり、一般化して考えることには慎重になるべきですが、「立退料」の法的な位置づけを踏まえた判断として参考になるものと思われます。
(2)「用対連基準」からの視点
マスターリース契約の解約は、サブリース業者が、移転をもってしても同様のサブリースを継続できなくなるという点で、営業の廃止と親和性があります。
加えて、「用対連基準」において、賃借人が営業を廃止した場合、「転業に通常必要とする期間」中の「従前の収益相当額」として、「従前の収益相当額」の2年分が最大で補償されるとされています(公共用地の取得に伴う損失補償基準第43条第1項第4号、公共用地の取得に伴う損失補償基準細則第26条第5項、第6項)。
仮に、マスターリース契約を解約する場合でも「用対連基準」のうち参考にできる部分を用いるとすれば、サブリース業者の収益とは、マスターリース契約における賃料とサブリース契約における賃料(転貸料)との差額ですから、少なくともこれの2年分が補償されると解する余地があるように思われます。
前記(1)の裁判例においても、マスターリース契約における賃料とサブリース契約における賃料(転貸料)との差額に換算すると、それぞれ、約43か月分(東京地判令和5年4月27日判決)、約15か月分(東京地判平成27年8月5日)が、「立退料」として認定されたということもできます。
4 まとめ
したがいまして、マスターリース契約を解約する場合の「立退料」については、算定方法の基準となるべきものが存在せず、今後の裁判例等の蓄積が待たれるものの、以上のような検討も踏まえて決定されるものと考えられます。
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長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。