不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
配偶者居住権付き建物を売却する際の注意点
Q
私(A)の両親である母(X)と父(Y)は私が小さいころに離婚し、私はXのもとで育ちました。Yは、その後、Zと再婚し、自分が単独所有するマンションでZと同居していましたが、つい先日、亡くなりました。
Yの相続人である私とZは、遺産分割協議において、マンションにつき、私が所有権を取得し、Zが終身の配偶者居住権を取得する内容で合意し、Zは引き続きマンションに住んでいました。
Zはこれまで元気にしていましたが、急に体調が悪くなったため、介護付き老人ホームに入居することになりました。
私は、これを機に、マンションを売却したいと考えているのですが、何に注意すればいいでしょうか。
A
1 何が問題か?
Zさんが保有する配偶者居住権とは、2020年4月に施行された民法において導入された新しい権利です。厳密にいえば、Aさんは、この配偶者居住権という負担付きの建物所有権(以下、「配偶者居住権付き所有権」といいます。)を保有していることになります。
マンションの配偶者居住権付き所有権を保有するAさんがマンションを売却するにあたっては、
①配偶者居住権付き所有権を売却できるか?
②配偶者居住権付き所有権を売却すると、配偶者居住権はどうなるか?
③配偶者居住権はどのような場合に消滅するか?
などが問題となります。
2 ①配偶者居住権付き所有権を売却できるか?
Zさんが保有する配偶者居住権とは、亡くなったYさんの配偶者として、マンションの所有権はないものの、マンションに住み続ける権利を認めるものです。Zさんに、マンションを売却・処分する権限はありません。
マンションを売却・処分する権限は、マンションの所有権を保有するAさんが保有しています。Aさんとしては、マンションを、Zさんの承諾を得なくとも売却することができます。
3 ②配偶者居住権付き所有権を売却すると、配偶者居住権はどうなるか?
(1) 配偶者居住権が登記されている場合
Zさんの配偶者居住権が登記されていると、Zさんは、配偶者居住権を、Aさんからマンションを購入した買主に対し主張(法律用語では「対抗」といいます。)することができます。そのため、買主は、配偶者居住権の負担付きの所有権を取得することになります。
配偶者居住権は、賃借権と異なり、所有者に対して使用の対価を支払う必要がありません。そのため、買主は、マンションを購入しても収益が見込めません。そうすると、買主を探し出すのは、配偶者居住権のない完全な所有権の相場よりも相当低い価格であったり、特殊な事情がない限り、困難でしょう。
(2) 配偶者居住権が登記されていない場合
配偶者居住権が登記されていない場合、Zさんは、配偶者居住権を、Aさんからマンションを購入した買主に対し主張(法律用語では「対抗」といいます。)することができません。そのため、買主は、配偶者居住権の負担のない所有権を取得することになります。
そうすると、法的には、買主はZさんに対し、マンションからの退去を求めることができます。もっとも、買主がZさんに対しマンションからの退去を求めるなどすると、Zさんと買主との間でトラブルに発展する可能性がありますし、遺産分割協議により配偶者居住権を認めたAさんとZさんとの間でトラブルになる可能性は高いでしょう。
4 ③配偶者居住権はどのような場合に消滅するか?
そこで、マンションを売却するにあたっては、配偶者居住権を消滅させて、配偶者居住権の負担のない完全な所有権として売却することが望まれます。
本事案の配偶者居住権は終身とされていますので、Zさんが亡くなれば消滅しますが、Zさんは今もなお健在です。
別の選択肢として、配偶者居住権を強制的に消滅させる方法もありますが、そのためにはZさんに用法遵守義務違反などの債務不履行が必要です。
また、Zさんは配偶者居住権を放棄することができ、Aさんとしては、Zさんに配偶者居住権を放棄してもらうことができます。ただし、Zさんとしては、介護付き老人ホームの費用を捻出する必要があり、配偶者居住権は一定の財産的価値のあるものですので、無償で配偶者居住権を放棄することには応じないかもしれません(無償で配偶者居住権を放棄すると、税務上、ZさんのAさんに対する贈与として、課税が生じ得る問題もあります)。
そこで、Aさんは、Zさんとの話し合いにより、配偶者居住権放棄の対価として一定の支払をすることを合意のうえ、配偶者居住権を消滅させることが賢明です。
5 最後に
本コラムでは、紙幅の関係上、概要にとどめていますが、配偶者居住権の内容は非常に複雑であり、配偶者居住権付き所有権を売却するにあたっては適切に権利関係を整理する必要があります。
そのため、配偶者居住権付き所有権を売却するにあたっては、十分な知見を有する専門家を活用することを検討する必要があるでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。