不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
契約不適合責任の免責と説明義務
Q
私は、先日、相続によって取得した築50年の建物(以下「本件建物」といいます)とその敷地(以下「本件敷地」といいます)を売却することにして、仲介業者さんにお願いし、売却先を探してもらいました。
仲介業者さんによれば、本件土地は、住宅密集地に位置し、正面が公道に接するほかは他の住居に囲まれていますが、十分な広さがあり、都心へのアクセスも良好であるため、すぐに買い手が見つかるだろうとのことでした。
仲介業者さんの言うとおり、買い手はすぐに見つかり、本件建物を取り壊して本件敷地に新しい住居を建築したいと希望する方(以下「買主」といいます)が現れました。
私は、買主との間で、買主が本件敷地の引渡しを受けた後本件建物を解体するとの内容で、本件敷地の売買契約(以下「本件売買契約」といいます)を締結しました。また、本件売買契約には、私が、契約不適合責任を負わない特約(以下「契約不適合責任免責特約」といいます)も設けてもらいました。
ところが、売買契約の決済も完了したある日、買主から、仲介業者さんを通じて、本件敷地に不具合があったとの連絡を受けました。
買主の話によると、本件敷地の東隣にある隣家のブロック塀の一部(以下「本件ブロック塀」といいます)が、本件敷地に越境してきており、私が仲介業者さんを通じて買主にお渡しした物件状況報告書の記載と異なる上、隣家から「ブロック塀が越境している部分の土地は、取得時効が成立しているので、私の所有になっているはずだ。」などと所有権を主張され、予定していた住居の建築ができなくなってしまったとのことでした。買主から送られてきた本件ブロック塀の写真を見ると、本件ブロック塀が本件敷地に越境していることは一目瞭然でした。
たしかに、私は、本件売買契約の締結前に、仲介業者さんに指示されるがまま、本件敷地の状態を確認もせず、物件状況報告書の「越境について」の項目の「無」にチェックをしました。
ですが、本件売買契約には、契約不適合責任免責特約がありますし、私は、仲介業者さんの指示に従って物件状況報告書を作成しただけなので、今回のことに私の責任はないと思います。
今後、私は、買主の損害を賠償しなければならないのでしょうか。
A
1 何が問題か
まず、本件ブロック塀の越境は、本件売買契約の内容に適合しない不具合(契約不適合)に該当すると解される一方、契約不適合責任免責特約により、売主であるご相談者様は、この不具合による契約不適合責任を負わないものと解されます。
すなわち、契約不適合責任とは、売買契約において、「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」を引き渡した場合に、売主が負う責任です。
今回のケースでは、ご相談者様が、越境は無いとの物件状況報告書を作成の上、買主との間で本件売買契約を締結しているため、ご相談者様から買主に対して隣地からの越境の無い本件土地を引き渡すことが本件売買契約の内容になっているものと解されます。そのため、本件ブロック塀の越境は、本件売買契約の内容に適合しない不具合に当たると考えることができます。
その一方で、契約不適合責任免責特約により、ご相談者様は、本件ブロック塀の越境について、契約不適合責任を負わないことになります(契約不適合責任免責特約は、売主が知りながら買主に告げなかった不具合については適用されませんが(民法572条)、今回のケースでは、ご相談者様が越境の事実を知っていたとまではいえないかと存じます)。
しかしながら、ご相談者様が契約不適合責任免責特約によって同責任を負わないからといって、このたびの不具合について、ご相談者様が一切責任を負わないとまでいうことはできません。
なぜならば、今回のケースでは、ご相談者様が、物件状況報告書に、越境が無いと記載することで、実態と異なる説明をしてしまっているからです。
これは、契約不適合責任と区別された説明義務違反の問題として整理され、売買契約の売主は、契約不適合責任を負わないとしても、説明義務違反の責任(不法行為責任)を問われる場合がございます。
2 説明義務違反とは
説明義務違反には、誤った情報を提供することと、情報提供をしないことの2つの態様があります。このうち、前者は、積極的に誤った情報を提供することは、当事者間に契約が成立する前の局面であっても、信義則上許されず、それに違反した者は、相手方に対して、不法行為責任を負うものと解されています。
今回のケースに即していえば、契約の内容に適合しない不具合があるにもかかわらず、故意又は過失により、事実に反してその不具合がないものと積極的に説明した場合、売主は、当事者の合意によって契約不適合責任が免責されている場合であっても、買主に対し、別途不法行為責任を負うことがございます。
3 ご相談のケースについて
ご相談者様は、物件状況報告書の「越境について」の項目の「無」にチェックを付けられているため、本件敷地に越境が無いことを積極的に説明されています(なお、物件状況報告書は、「不明」にチェックを付けることも可能であることが多く、「無」へのチェックは、調査の結果、越境が存在しないことを表示したものと解されてもやむを得ないかと存じます)。
また、越境の事実は、一目瞭然とのことであり、ご相談者様が本件敷地の境界部分を確認すれば認識可能であったと考えられます。そのため、本件敷地の状況を確認しないまま、越境がないと説明したご相談者様には、少なくとも過失(注意義務への違反)があると解さざるを得ないかと存じます。
したがいまして、今回のケースでは、ご相談者様は、説明義務違反の責任(不法行為責任)を負い、買主が隣地のブロック塀の越境によって被った損害を賠償しなければならないものと解されます。
4 仲介業者
ご相談様としてみれば、仲介業者に対し、不動産の専門家としての役割を期待していることから、仲介業者に指示されたとおりに物件状況報告書を作成したにもかかわらず、素人であるご相談者様が説明義務違反を負うとの結論に違和感があるかもしれません。
しかしながら、物件状況報告書は、仲介業者ではなく、売主が作成し、買主に対して情報提供をするための書面であるため、仲介業者が物件を調査することを合意していた(仲介業者が売主から物件の調査を引き受けた)等の例外的な場合を除き、その作成者である売主が責任をもって物件の状況を記載する必要がございます(東京地方裁判所平成28年3月8日判決参照)。
したがいまして、仲介業者に言われて物件状況報告書を作成した事実のみでは、ご相談者様は、説明義務違反の責任を免れられることができません。
5 まとめ
以上のとおり、不動産の売主は、契約不適合責任を負わない場合でも、容易に調査し得る事項について積極的に誤った説明をしてしまったときなどには、説明義務違反の責任を負う可能性がございます。
不動産の売却時は、信頼できる仲介業者を選択したり、専門家に相談したりするなどして、慎重に対応する必要があるでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。