不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
相続登記が数代にわたって行われていなかった不動産の売却(2)
Q
先日、私の父(A)が亡くなりました。Aが住んでいた家は、Aの祖父(C)が建てたもので、C、Aの父(B)、Aと代々住み続けたものです。家の登記簿を確認したところ、所有者はCになっており、その後の相続が反映されていませんでした。土地は地主さんから借りていました。
その家は老朽化が著しいですし、私は別のところに住んでいますので、その家を売却したいと考えています。その家を売却するには、2020年2月号を読むと、まず相続登記をした上で、他の相続人の同意が必要なようです。ただ、相続人の中には所在不明の人がいたり認知症の人がいたりしますし、Aの母が亡くなったときの遺産分割でもめましたので、他の相続人全員からスムーズに同意が得られると思えません。そもそも、B、Aと代々住み続けた家を売却するのに、他の相続人の同意が必要なのでしょうか。
この家をスムーズに売却する方法はありませんか。
A
1 はじめに
3年以内に施行される予定の法改正により、相続登記が義務化され、違反すると10万円以下の過料を科せられるようになりますので、本事案のように相続登記が代々未了の不動産は減っていくことが予想されます。また、所在不明者の共有持分は、不明共有者に対して公告等の手続を経て売却できるようになりますので、不明共有者の持分をこれまでよりも簡易な手続で売却できるようになります。ただ、上記改正によっても、本事案における全ての問題が解消するわけではありません。
2020年2月号にあるように、相続登記未了の不動産を売却する場合、まず相続登記をした上で、他の相続人の同意を得る必要があるのが原則です。
相続人の中に所在不明の人がいると不在者財産管理人の選任等の手続が、相続人の中に認知症の人がいると成年後見人の選任等の手続がそれぞれ必要になるかもしれません。遺産分割協議がまとまらないとなると遺産分割調停等の手続が、他の相続人が売却に反対するようだと共有物分割訴訟等の手続がそれぞれ必要になるかもしれません。これだけの手続を経るとなると、相応の時間・労力・費用を要してしまいます。
また、借地上の建物を譲渡するには、地主の承諾を得る必要もあります。詳しくは2019年8月号をご参照ください。
2 Aの単独所有登記ができないか
C、B、Aが代々住み続けてきたということですので、Cが亡くなった際にBが家を単独相続する旨、Bが亡くなった際にAが家を単独相続する旨の合意(遺産分割協議)がそれぞれあったとも考えられます。そうであれば、Aの単独所有登記ができ、他の相続人の同意を得ることなく売却することができるようになります。
ただし、上記の合意が何か書面などに残っていないと、他の相続人からそのような合意はなかったと主張されたときに、合意の存在を証明することが困難です。また、C、Bがそれぞれ単独相続した旨の登記をするには、他の相続人全員と共同して申請する必要があります。相続人の一部が所在不明だと、この登記手続は滞ってしまいます。
上記の合意の存在の証明に代わる方法としては、Aが20年間、建物に住み続けていたことにより、Aが単独で所有権を時効取得したというのが考えられます。
ただし、時効取得の登記をするには、時効取得する前の所有者と共同して申請する必要があります。登記申請にあたり他の相続人の協力が得られないとなると、移転登記請求訴訟等の手続が必要になってしまいます。
3 建物所有権の変更登記をしないまま売却できないか
所有権の変更登記をするには他の相続人の同意や協力が必要となりますが、建物の滅失登記は1人の相続人が単独で行うことができます。そこで、建物を解体した上で単独で滅失登記をし、借地権のみを売却するなり(他の相続人の借地権をどう考えるかについては、紙幅の関係上、ここでは触れません。)、建物を新築して借地権付建物を売却することが考えられます(建物建替に関する地主の承諾の要否については、紙幅の関係上、ここでは触れません。)。これらの方法による場合には、他の相続人の同意や協力を必要とせず、スムーズに家を売却することができます。
ただし、他の相続人が家の共有持分を有するにもかかわらず、他の相続人の同意を得ることなく建物を解体すると、他の相続人から共有持分権侵害を主張される可能性があります。この主張に対しては、上記の時効取得を反論として用いることが考えられます。
4 最後に
相続登記が義務化されるのを機に、本事案のような事案も増えるかもしれません。「1はじめに」に記載した原則的な方法によらずに解決することを考える場合、当該事案の具体的な事実関係に即した専門的な判断が必要となりますので、専門家のサポートを適切に受ける必要があるでしょう。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。