不動産の売却を検討されている方向けに、不動産を巡る紛争を数多く取り扱ってきた弁護士から、売却時の様々な局面にスポットを当てて、気をつけるべきポイントをアドバイスいたします。
仮登記がされたまま長期間経過した物件を売却する際の注意点
Q
私は、先日父が亡くなったため、父の遺産である宅地(以下「本件宅地」といいます。)及び畑(以下「本件農地」といいます。)を相続することになりました。
私は、本件宅地及び本件農地を売却しようと考えてそれぞれの不動産登記を確認したところ、見慣れない記載がありました。
すなわち、本件宅地には、「登記の目的」欄に「所有権移転請求権仮登記」、「権利者その他の事項」欄に「原因 売買予約」と記載された登記(以下「本件仮登記①」といいます。)が、本件農地には、「登記の目的」欄に「条件付所有権移転仮登記」、「権利者その他の事項」欄に「原因 売買(条件 農地法5条許可)」と記載された登記(以下「本件仮登記②」といいます。)がそれぞれ10年以上前に登記されていることが判明しました。
不動産業者に相談したところ、本件仮登記①及び本件仮登記②が抹消された後でなければ、買手を見つけることは困難であると言われてしまいました。
10年以上もの長期間経過している仮登記を抹消する方法はないのでしょうか。
なお、本件宅地及び本件農地上にはいずれも建物は存在せず、誰かが利用している様子もありません。
A
1.仮登記とは
不動産登記は、所有権の移転を始めとする不動産に関する権利変動の事実を反映して公に示すための制度です。
その中でも仮登記とは、権利変動は生じているものの書類が不足しており登記の手続的要件が備わっていない場合や、将来権利変動が生じることを予定しているがそのために契約で定められた条件が成就していない場合などに、後日行われる通常の登記(仮登記に対する概念として以下では「本登記」といいます。)の優先順位を保全する目的で行う登記です。
例えば、AがBに対して土地を売却する内容の売買予約契約(売買予約契約の詳細は後述します。)に基づき所有権移転請求権仮登記をした後に、AがCに対して同一の土地を売却して、Cが所有権移転登記(本登記)をしたとしても、Bが当該仮登記に基づく本登記を備えた時点でBの本登記がCに優先することになり、Cの所有権移転登記は抹消されてしまいます(これを「順位保全効」といいます。)。
したがいまして、仮登記が付された物件について、仮登記をそのままにしてしまうと、買主が所有権移転登記をした後に仮登記に基づく本登記が備えられ買主の所有権移転登記が抹消されるリスクが残ってしまいます。そこで、仮登記が付された物件については、そのようなリスクの無いよう、あらかじめ仮登記を抹消してから売却することが原則となります。
それでは、ご相談者様のケースのように長期間経過した仮登記を抹消する方法はないでしょうか。
2.売買予約契約を原因とする仮登記について
売買予約契約とは、買主に特定の時点で売買契約の効力を発生させる意思表示をする権利(これを「予約完結権」といいます。)を与え、買主が予約完結権を行使した場合には、売主の承諾がなくても当然に売買契約の効力が発生することをあらかじめ合意する契約です。
例えば、AがBに5,000万円を貸し付ける際、Bが期限までに5,000万円を返済できなかったらB所有の不動産をAに5,000万円で売却する予約完結権を担保の目的でAに与える場合や、BからAに不動産をいったん売却し、将来一定の値段で買い戻す予約完結権をBに与える場合などに売買予約契約は用いられます。
買主が予約完結権を行使するまでは未だ売買契約は成立しておらず、所有権移転の効力は発生していないため、本登記をすることはできません。
そこで、売買予約契約の買主は、予約完結権を行使するまでの間に他の買主が現われても自己への所有権移転の優先順位を保全することができるよう仮登記を行います。
予約完結権は一種の債権であることから、権利を行使することができる時から10年間を経過した場合には時効(消滅時効)により消滅すると解されております(なお、2020年4月施行の改正民法では、債権は権利を行使することができることを知ったときから5年間経過した場合も消滅時効に該当することになりましたが、2020年4月よりも前に成立した売買予約契約については、改正前の民法が適用されますので、ご注意ください)。
したがいまして、予約完結権が消滅時効により消滅した場合は、売買予約を原因とする仮登記は権利の実体を伴わない登記となりますので、その不動産の所有者は、仮登記の名義人に対して、その仮登記の抹消を求めることができます。
3.農地法の許可を条件とする売買契約を原因とする仮登記について
農地法の詳細なご説明は割愛させていただきますが、畑や田といった農地法上の農地に該当する土地を売却する場合には農地法3条による市町村の農業委員会の許可が、また、農地を(マンションや戸建てを建てる目的などで)宅地等農地以外の土地に転用して売却する場合には農地法5条による都道府県知事等の許可が(一部の例外を除き)それぞれ必要とされております。
これら農地法上の許可は、法律行為の効力が発生するために当然必要なものとして法律が定める条件であるため、許可が得られるまでは売買契約に基づく所有権移転の効力は発生せず、本登記をすることはできません。
そこで、農地の買主としては、農地法上の許可を得るまでの間に他の買主が現われても自己への所有権移転の優先順位を保全することができるよう仮登記を用います。
上記農地法上の許可は、売主と買主は協力して申請する必要があるため、買主には、売主に対する許可申請に協力するよう請求する権利(以下「許可申請協力請求権」といいます。)があります。もっとも、この許可申請協力請求権も一種の債権であることから、権利を行使することができる時から10年間を経過した場合には消滅時効により消滅すると解されております。
したがいまして、許可申請協力請求権が消滅時効により消滅した場合は、農地法の許可を条件とする売買契約を原因とする仮登記は権利の実体を伴わない登記となりますので、その不動産の所有者は、仮登記の名義人に対して、その仮登記の抹消を求めることができます。
4.まとめ
ご相談の事案でも、本件宅地については、本件仮登記①から10年以上経過していますので、その間に本件仮登記①の原因である売買予約契約にかかる予約完結権が行使された事実がない場合、その売買予約契約の買主に対して、その予約完結権が消滅時効によって消滅したことを主張する(消滅時効を援用する意思表示を行う)ことで本件仮登記①の抹消を求めることができます。
また、本件農地についても、本件仮登記②から10年以上経過していますので、その間に本件仮登記②の原因である農地売買契約にかかる許可申請協力請求権が行使された事実がない場合、その売買契約の買主に対して、同様に消滅時効を援用する意思表示を行うことで本件仮登記②の抹消を求めることができます。
買主が仮登記の任意の抹消に応じない場合、ご相談者様は、強制的な手段として、買主に対して、本件宅地及び本件農地の所有権に基づく仮登記の抹消登記請求訴訟を提起し、勝訴判決を得れば、買主の協力がなくとも、単独で仮登記の抹消を実現することができます。
長町 真一Shinichi Nagamachi弁護士
弁護士法人 御宿・長町法律事務所 http://www.mnlaw.jp/index.php
平成16年弁護士登録 不動産をはじめ、金融・IT関連等多種多様な業種の顧問会社からの相談、訴訟案件を多数受任。クライアントのニーズに対し、早期解決、利益最大化を目指し、税務・会計にも配慮した解決方法を提案。経営者目線での合理的なアドバイスも行う。